蒼い森 Caol Áit

Míċeál Hishikawa の研究ノート

2018年刊
▶︎『教養主義の残照』(開文社出版、2018年3月31日)

2017年刊
▶︎『ケルト文化事典』(東京堂出版、2017年5月26日)
▶︎『ボブ・ディランの詩学』BCCKS版紙本

2016年刊
▶︎『アイルランド語の「主の祈り」』(Kindle)
▶︎『義と利:『詩章』第74歌』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎ 'Not Out on Interest: David in Canto 74' (iBooks, Kindle)
▶︎『パウンドとヘブライ詩』 (Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎ 'Parallelism in Pound' (Kindle, iBooks)
▶︎『エリオットの伝統論とパウンド』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎『詩における句の考察: アイルランド語の4強勢詩行』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎ 『初めての電子出版: Kindle, Kobo, iBooks』(Kindle)
▶︎ ‘Seacht Sólás na Maighdine’: Sources and Versions (iBooks, Kindle)
▶︎『連鎖の感覚:マリア賛歌とチェーホフ』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎『シャン・ノース 秘密の唱法:ジョー・ヒーニの場合』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎『Óró オーロー:アイルランド語の知識ゼロでわかる伝統歌 'Óró 'Sé do Bheatha ‘Bhaile'』(Kindle, iBooks, Kobo)
▶︎『アイルランド語コピュラの記憶法』(Kindle)

既刊▶︎『真夜中の法廷』(彩流社、2014)

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John Renbourn, Rare Performances 1965-1995 (Vestapol 13032, 2003)

Renbourn-Rare

 イングランド屈指のギタリスト、2015年に惜しくも他界したジョン・レンボーン(1944-2015)の1965年から95年にわたる30年間の秘蔵映像から21曲を収めた DVD。

 インタビューなどは挿入されていず、ひたすら演奏と歌が収録されている。

 1995年の演奏のみ、やや精彩を欠くが、それ以外は総じて水準はかなり高く、ジョンやペンタングルのファンなら一見の価値がある。というより、買えるうちに買っておいたほうがいい。

 ジャッキーの歌は4曲で聴ける。

 バイオグラフィや曲目解説などは DVD に収録されている PDF ファイル(60頁の冊子に相当)にくわしい。その PDF にはいくつかの曲(「ロード・フランクリン」を含む)のタブ譜まで載っている。

 リージョン0、つまり日本の普通の DVD プレーヤーでそのまま再生可能。

 最初の4曲は白黒で、あとはカラー。全90分。

 収録曲――

  1. I Know My Rider (1965)
  2. Rehearsal (1965, w. Bert Jansch)
  3. Travelling Song (1968, w. Pentangle)
  4. Let No Man Steal Your Thyme (1968, w. Pentangle)
  5. In Time (1971, w. Pentangle)
  6. Blues In A (1974)
  7. Rosslyn (1974)
  8. Medley: Trotto/The English Dance (1977)
  9. Whitehouse Blues (1977)
  10. The Fair Flower Of Northumberland (1981, w. The John Renbourn Group)
  11. Medley: Pavane/Tourdion (1981, w. The John Renbourn Group)
  12. Candyman (1982, w. Stefan Grossman)
  13. Goodbye Porkpie Hat (1982, w. Stefan Grossman)
  14. 'Round Midnight (1988, w. Stefan Grossman)
  15. Medley: Abide With Me/Great Dreams From Heaven (1990)
  16. Sweet Potato (1992)
  17. Lord Franklin (1993)
  18. Little Niles (1993)
  19. Young Man Who Wouldn't Sow Corn (1995)
  20. Medley: The Lament For Owen Roe O'Neil & Mist Covered Mountains Of Home (1995)
  21. Medley: The Wedding/Cherry (1995)

     ベスト・トラックは 'Rosslyn'。この1974年当時、つまりジョン30歳の頃の演奏は神懸って見える。

    Rosslyn


    Rare Performances 1965-1995 [DVD] [Import]
    JOHN RENBOURN
    Quantum Leap
    2004-08-16


I Muvrini, Terra (ブロードウェイ BWD-1271, 2003)

IMuvrini-Terra

 コルシカのグループ、イ・ムヴリーニを中心にコルシカの伝統的な言語や文化、ポリフォニー(コルシカ語で pulifunie)について描き出した1996年のフランス映画を DVD 化したもの。日本製。白黒全56分。

 監督は「ガッジョ・ディーロ」や「ラッチョ・ドローム」のトニー・ガトリフ。1996年のアムステルダム国際映画祭黄金部門賞を受賞している秀作で、コルシカの言葉や音楽に関心のある人は見て損はない。

 そもそも、コルシカのポリフォニー合唱が映像化され、それが日本で手に入ることじたいが稀有なことなので、興味があれば入手できるうちにに入手しておくことをお奨めする。

 収められているポリフォニーの質は最高レベルのものである。なお、世界各地(グルジアブルガリア、イタリア、南アフリカポリネシアなど)にポリフォニーは聞かれるが、そのなかでコルシカのそれは最高峰であると言われている。心を静めてこの歌声に耳を傾ければ、聴き手を深いところで動かす力に満ちている。

 言語はフランス語とコルシカ語で、日本語字幕をつけることが選択できるが、必ずしも全部訳されているわけではない。たとえば、車の中でベルナルディーニが語る場面で、「コルシカではコルシカ語でミサをあげること(célébrer la messe)は反体制(subversif)と見なされた」と述べているが、ミサの部分が省略されて反体制という部分のみが字幕に出るので、文脈が分かりづらい。しかし、概して字幕は助けになる。コルシカ語を使うだけでフランス政府当局から反国家活動と見なされてきた苦難の歴史の一端が垣間見える。

 字幕のことよりも、映像を目を凝らして見、聞こえてくる音に耳を澄ませることのほうがはるかに大事だ。よく見ていると、たとえ声を発する人の姿が映像には映らなくても、映っている映像が何かを物語っていることが多い。

 たとえば、山の離れたところどうしで声を届かせて会話する人々、ベルナルディーニ兄弟が「テラ」という歌をうたうとまるでそれに反応するかのように川へと落ちていく石ころ、最後の歌の場面で歌声が天にまで届くかのように映像が構成されていること等々。

 もっとも感動的な場面は、カフェ・コルシカという店に村の人々が集い、思い思いの時間を過ごしている場面だ。カード遊びに興じる人々、会話を楽しむ人々などが映し出されるが、ときどき、だれか一人が即興的な歌詞で歌いだす。すると、驚いたことに、べつの人がそれに対し即興的な歌詞で応答するのだ。さらにイ・ムヴリーニのメンバーがポリフォニーを歌いだす。この間の歌がたとえようもなくすばらしい。歌が本当の意味で人々のなかに生きているということを実感するときである。

 白黒ながら、印象は鮮烈。カラーよりも、かえって想像力を喚起する効果や映像に集中させる力があるかもしれない。

参考動画



イ・ムヴリーニ:テラ [DVD]
イ・ムヴリーニ
ブロードウェイ
2003-08-22


船戸英夫『英語聖書のことば』(岩波ジュニア新書、1990)

EngBible

 岩波ジュニア新書の169番(1990)。現時点では「品切れ」だから、古書か図書館しか読む方法がないが、良書であるので紹介したい。ジュニア新書のなかには好評を得てか、電子書籍で出ているものもあるが、これはそうなっていない。近年、この分野は需要がないのか。

 題名に「英語聖書」とあるが、もちろん、聖書は英語で書かれたわけではないので、原語から英語に訳された聖書の意だ。ベースとしているのは RSV (Revised Standard Version, 1946-52) という英訳聖書だ。本当のことをいえば、英語や英米文学の勉強のために英語の骨格に組込まれた聖書について知るには欽定訳聖書(AV, KJV; The Authorised Version, 1611)が必須の知識であるが、ジュニア新書の対象読者には荷が重い、古い英語で書かれているのでやむを得ない。

 その英訳聖書から旧約聖書53、新約聖書37のことばを選び出して、日本語訳(日本聖書協会の『口語訳聖書』)を添え、見開き2頁の解説を加えた本だ。著者の船戸英夫(1930-94)は英文学者(イギリス宗教文学)。

 率直に言って、現時点で同種の本を編むならば、英訳のほうも和訳のほうも、現在の標準版を使うであろうから、内容的にもやや古く感じられる面があるのは否めないが、聖句の内容そのものは古びることもなく、解説は今も読むに値する。

 英米文化圏で書かれたものを読んでいると、聖書に由来する語句に遭遇しないケースのほうが珍しい。

 例えば、米国SF作家のロバート・F・ヤングの『ジョナサンと宇宙クジラJonathan and the Space Whale (1962)を読んでいたとする。この話は旧約聖書のヨナ書を連想させるが、それは前提知識があればこそだ。

 本書をひもとくと、'It is better for me to die than to live.' (生きるよりも死ぬ方がましだ.)がヨナ書に由来する句として説明されている。そこを読むと、ヨナ書のあらましはもとより、旧約聖書のなかで、ヨナ書がルツ記やエステル記と並んで完結した短編小説とも見られると書いてある。こうきけば、たとえ聖書に関心がなかった人でも、ひとつ読んでみようかという気になるのではないだろうか。

 やさしい言葉遣いで丁寧に聖書の世界を英語のプリズムを通して語る本だ。先のヨナのことばは、もし聖書知識がなければ、ふつうのことばのように見え、背後に旧約聖書から新約聖書に至る文脈があることなど、思いもよらないだろう。




Caitlín Maude, Caitlín (Gael Linn, 1976; rpt. 2003)

CaitlinMaude

 いとしのカチリーン。アイルランド語詩歌のひとつの極北。夭折した天才詩人の1976年作が2003年に奇跡の復刻。

 奇跡という以外に何といえようか。カチリーン・モード(1941-1982)の声を一度でも耳にした人は、その声を耳にした自分をまず疑うだろう。こんなに高いところからひびいてくる、繊細でありながら力強い声というのはめったにない。

 かくも強烈な声の個性であれば、何度も聞いていると飽きるか嫌になるかするものである。ところが、カチリーンの声は聞けば聞くほど惹きつけられてゆく。それは最上のアイルランド語の詩歌がすぐ近くで現前しているときにのみ起こる、非常にまれな体験である。たとえは変かもしれないが、皆既日食を目の当たりにして全身が凍りつくような感動が、静かに、冷たく、しかし心の奥深くを暖めながら、すみずみにまで広がっていくような感じといえばよいか。

 一言でいえば、玲玲たることばに全身がしびれたような状態におちいる。

 詩人にして女優、また歌い手であったカチリーンはゴールウェー県はカスラというコナマラ・ゲールタハトの生れ。その詩の声は直截的な調子と皮肉な調子とが交互に現れるが、つねに情熱的であると評される。

 収められているトラックは、詩と歌とがだいたい半々である。詩はカチリーンの自作であり、歌は伝統歌である。

 収録曲(斜体は詩)――

  1. Dán
  2. nal Óg
  3. Impí
  4. Uileacáin Duibh Ó
  5. Amhrán Grá Vietnam
  6. An Bonnán Buí
  7. Aimhréidh
  8. Is Fada mo Chosa gan Bróga
  9. Mo Dháimh
  10. Currachaí na Trá Báine
  11. (a) Liobar (b) Róisín Dubh
  12. A Dhé
  13. Liam Ó Raghallaigh
  14. Na Blátha
  15. An tSailchuach

 参加アーティスト――

  • Caitlín Maude (vo)
  • Cearúl Maude (feadóg stáin)

     ベスト・トラックは 'An Bonnán Buí'。スローエアの器楽曲としてあまりにも有名だが、歌がこのようなものだと知っている人は少なかろう。

    カチリーンのプロフィールを簡潔にまとめた動画。アイルランド語の勉強になる。





    Caitlin
    Caitlin Maude
    Traditions (Generic)
    2011-09-20

外山滋比古『「人生二毛作」のすすめ―脳をいつまでも生き生きとさせる生活』飛鳥新社、2010)

Sotoyama-JinseiNImosaku

 一毛作の単作人生でなく二度の作つけをするには。

 年齢を重ねても気力にみなぎる人生を送るには。

 若い時からどんな心構えをもって生きるべきか。ウォーキング、論理的料理、本に読まれない読書など興味深い発想の数々が読める。

 第4章に「本に読まれない読書」のことが出てくる。「知」の吸収としての読書はせいぜい30代くらいまでで、以後は「よけいな読書はしない」と。

 「不必要な知識は、むしろ頭のはたらきの邪魔になります」と書く。それより、「自分を揺るがす知的体験を与えてくれた本を、あらためて賞味する」こととある。

 さらに衝撃的なことが書いてある。

わたしの体験からいえば、くり返し読みたくなる本は二冊か三冊あれば十分です

 これ、読んだ瞬間に目が点になりました。大変いい本なんですが、古書でしか手に入らないかもしれません。

A Filetta, Intantu (Virgin, 2002)

AFiletta-Intantu

 コルシカの宝。
 人間の声の奥深さ、気高さに心から賛嘆を禁じえない。

 いわゆるコルシカ・ポリフォニーについては植野和子著『カタルーニャバスク、コルシカ 魂のうたを追いかけて』(音楽之友社、2002)にくわしい。 収録曲――

  1. U casticu
  2. Paghjella
  3. L'arditezza
  4. Makharia
  5. A paghjella di l'impiccati
  6. A canzona di a malata
  7. Cose viste
  8. U sipolcru
  9. Tra' i debbii maiò
  10. E loche
  11. Kyrie
  12. L'anniversariu di minetta
  13. Sub tuum
  14. Caracolu di brame
  15. Sumiglia

 

 参加アーティスト――

糸井重里『インターネット的』PHP新書、2001)

Itoi-InternetTeki

 糸井重里が初めてコンピュータやインターネットに接したときの驚きに満ちた、新鮮な、深い考察がぎっしり詰まった本だ。いま読んでも古くないどころか、日常をこれらの仕組とともに生きる現代人が一度は目を通しておくほうがよいと思われるほどの、思考の糧がいっばい入っている。

 私は本書を(再ダウンロード期限切れなどもあり)電子書籍で二回購入したけど、何度でも、どんな形ででも買って読み返したい。紙の本としては「品切れ重版未定」なので、紙の本が必要であれば古書店や図書館で探すしかない[その後、書き下ろしの「続・インターネット的」を収録したPHP文庫とその電子書籍が出た]。電子書籍でよければ、ほとんどすべての電子書籍店で入手できる。

 題名は「インターネット」ではなく「インターネット的」であることにおやと思わされる。ネットワークについての技術書が扱うようなインターネットそのものの話ではなく、インターネット的であるとはどういうことかについて、一から考え抜いたものだ。考察の対象は多岐にわたるが、共通しているのは、ふつうの人が生きていくうえで何が大事なのだろうという、ごく当たり前の観点だ。常識的ともいえる観点だろうけれど、考察の結果得られた洞察はまったく常識からは外れていることが多い。たとえば、「お客様は神様です」とはとんでもないことで、ルールでもなんでもないとか。

 参考になった点は数多い。気になったところを抜書きしておくことにする。できるだけ、評者のコメントも添える。以下の20点は繰返し考えているので、以後の言及に便利なように、番号を附す。

  1. インターネットの両端で、人と人が、ちゃんとリンクしている。〉……つまり、鎖の片方を振れば、他方が揺れるということ。

  2. 一見、不要な情報からのつながりに可能性を見出せるということが、「リンク」という考え方にはある〉……人がいろんな要素の集合体だからこそ。人間はいわば多面体。「消費者」だけっていう人は存在しない。別の局面では「生産者」であることも大いにあり得る。

  3. 自分ひとりだけでできる趣味や快楽なんてものは、ほんとはあんまりありません。〉……大切な鍵は「シェア」、つまり、「おすそわけ」。

  4. 分けあうということは、なぜかは知らねど、楽しい、と。その「シェア」というよろこびの感覚がインターネット的なのです。〉……分けあうって楽しいと思えない人もいるだろうけれど、楽しい人がいるのも事実。

  5. 情報はたくさん出した人のところにドッと集まってくるんだ、という法則があるのです。〉……もらってばかりの人はいつまでたっても「少しもらう」だけ。

  6. 価値が多様化するというよりは、価値の”順位付けが多様化する”〉……これが「フラット」。各人が自分の優先順位を大事にしながら役割をこなす、船の乗組員たちの集合のような社会のイメジ。

  7. 「想像していたよりも、世界は広い」と驚きを感じることと、「思っていたよりも世界は狭い」と感じることと、まったく逆さの二種類の驚き〉……これが「グローバル」。

  8. "Only is not lonely"〉……英語としてはおかしいといわれたらしい。本来は 'Only one is not lonely one.' といいたかったのを簡略化したそう。つながりすぎないで、つながれること。孤独なんだけど、孤独ではないこと。

  9. 枯渇するのではないかとか、後でもっといい使い道があるとかを考えずに、出して出して出し尽くして枯れたらそれでしかたがない、というくらいの気持ちがないと〉……惜しみなく出す、の精神。

  10. 銀と毛〉……「トダの夢」に現れる対比。音楽でいうと、テクノ系は銀、8ビート系は毛。野球選手は毛が多いが、イチローは銀。サッカーだと中田英寿は銀。毛は野生度(ワイルド)。

  11. 人類の歴史はいままで、毛を消し去る方向に、一方的に進んできた〉……「脳化社会」が進んできたということ。毛系の糸井は、すべての人間の銀化には無理があると考える。

  12. 『ほぼ日』はインターネットという、非常に銀に思われやすいメディアを、毛として使っていくという意志を持ってつくっているような気がする〉……人類の歴史は、インターネットの発達によって、バランス良く、”心の増毛”方向に反転してゆく。

  13. 自分の中の他人成分を立ち上げると、いままで見えなかった部分がクリアに見えてくるのではないでしょうか。〉……ちがう視点で周囲を見つめる。

  14. 問いがあったら答えがすぐ近くにある、というクイズのような問題ばかりを、いままでのメディアは取り上げてきましたが、実際の人間たちは、答えのない問題についてしゃべったり考えたりする場を求めていたのではないでしょうか。〉……ネットや携帯や長居のおしゃべりの中になにかがある。

  15. もっと「魂」に関わることに、人間の意識が向かっていくように思えます。〉……「勝ち」や「目標」だけを求める「脳」に対して、「人間まるごと」が反乱を起こす。

  16. 山岸俊男さんの『安心社会から信頼社会へ』が『ほぼ日』の母なら、梅棹忠夫さんの『文明の情報学』は『ほぼ日』の父にあたります。〉……前者は「正直は最大の戦略である」。後者は神経系だけでなく筋肉系や内臓系に関わる感覚。脳はすべてではなく、単に神経系。人間は総体で考えるべし。

  17. 「魂(スピリット)の社会」〉……筋肉系の工業化社会 → 神経系の情報化社会のあとにくる社会。

  18. ”目的があって、いいね”というのは、いわゆる、工業生産的な発想なのではないでしょうか?〉……「ものを持つ・力を持つ満足」の工業化社会から「ことを持つ・知恵を持つ満足」の情報化社会を経て、持つことから自由になった「魂を満足させることを求める」社会へ

  19. 電車の中で、高校生のカップルがブレザーとセーラー服のままで、じっとおたがいを見つめているような風景が、ぼくはイヤじゃないんです。あそこではそれなりに気持ちが通じ合っている。他の誰にも通じない何かがあるんですよ。心は動いています。恥じらいや社会的約束事をぎりぎり守りつつ、居てもたってもいられないという表情で見つめあうふたり。そういうものとして存在する文章があっても、いいでしょう?〉……インターネット的表現法。

  20. ぼくの理想的な臨終の言葉は、「あああ、面白かったーっ」です。〉……自分はほんとは何がしたいんだろうかと、ごく自然に、みんながちょっとずつ考えるだけで、あちこちに風穴があいてゆき、呼吸がらくになる。

 

 抜書きはこれでおしまい。第3回目の購入までこれで憶えておくことに。


オリジナル版 ↓

インターネット的 (PHP新書)
糸井重里
PHP研究所
2007-11-13


上記に「続・インターネット的」を加えたPHP文庫版の電子書籍 ↓

インターネット的 PHP文庫
糸井 重里
PHP研究所
2014-11-21





関連書籍



情報の文明学 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社
1999-04-01


 この逆をやっても話題にもならないだろう。「koboでは読めないKindleの名作」とか。

 koboでしか読めない電子書籍は以前からあった。だけど、それだけの理由で話題になることも、あまりなかった気がする。

 Kindleで出てない本というと、概して地味な本が多い。けれども、koboを持っている喜びがしみじみ味わえるのはその種の電子書籍の場合だ。

 能書きはともかく、挙げてみます。紙の本ではなく、電子書籍として、Kindle では手に入らず kobo で手に入る本。なるべく安価な本を挙げます。[以前はその種の電書がいろいろありましたが、現在では次の1点のみしか挙げられません。なにか見つかれば追加します]

実吉捷郎訳『トーマス・マン短篇集』(古典教養文庫


ThomasMannStories


 これは 
Kindle で読めないことが驚き。青空文庫のものをベースに、語句を現代風に改めたりしてある。全部で6編。わずか100円。

 紙の本だと同じ訳者による、初期短編17編を収めた『トオマス・マン短篇集』(岩波文庫)が出ている。


亀井秀雄太宰治津軽テクストの無意識(1)』(オピニオン・ランチャー叢書)


Kamei-DazaiTsugaru


『感性の変革』で著名な文学研究者、
亀井秀雄の本はあまり Kindle で読めない。kobo ではかつて4冊出ていた(ここに挙げた1冊は今は見当たらない)。固定レイアウトePubで、リフローでないから、どちらかと言えばタブレットなどで読むほうが向いている。正直、レイアウトは読みやすくはない。大きなタブレットを縦置きにしてやっと読める。1行が長すぎるので、これ以外の読み方がほぼない。もし、再版されることがあれば、やはりリフロー形式(文字の大きさが可変)でお願いしたい。

 本書は、心温まる回想記として読まれてきた「津軽」について、太宰が実際には「再会したタケとほとんど一言も言葉を交わしていない」ということを指摘し、そこから〈創作〉としての「津軽を論じたもの。内容自体は興味深い。(発売時価格:300円)


トオマス・マン短篇集 (岩波文庫 赤 433-4)
トーマス・マン
岩波書店
1979-03-16


Ennio Morricone and Clara Murtas, De sa terra a su xelu (From the Earth to the Sky) (Teatro del Sole, 2002)

DeSaTerraASuXelu

 巨匠モッリコーネがサルデーニャの歌手クララ・ムルタスのために作編曲し、指揮した珠玉の作品。
 2 曲はモッリコーネの作曲で、1 曲は伝統曲を彼が編曲したもの。

 全世界で 2000 枚の限定盤だが、さいわい 1887 番を入手できた。〔ほかに D'autore レーベル盤や MP3ダウンロードもある。〕 

 収録曲――

  1. Fuga dal presente
  2. Ave Maria
  3. In forma di Stella

 

 主な参加アーティスト――

  • Ennio Morricone (direction)
  • Clara Murtas (vo)
  • Nuova Roma Sinfonietta (orch)


     ベスト・トラックは 'Ave Maria'。
     本盤は全部で 16 分ほどの短いものながら、この 1 曲のためだけでも、入手する価値がある。というか、そもそも、この曲を編曲してもらえないかと、クララがマエストロに頼んだのが発端なのだ。

     サルデーニャの古い <アヴェ・マリア> の 'Deus ti salvet Maria' は彼女にとって特別な曲であるに違いない。モッリコーネの編曲は、伝統にとらわれない実に斬新なものであるにもかかわらず、ムルタスはまったく動じることなく歌い、この聖歌のいのちを現代に見事に息づかせる。類稀なるコラボレーション。



    De Sa Terra a Su Xelu
    Morricone
    D'autore
    2013-04-18




エドガー・アラン・ポー『ポー詩集―対訳』岩波文庫、1997)

Poe-Kashima

 岩波の対訳詩集の中でも異色。通常は研究者としての解説などが附くが、本書の解説は詩人として感じたことを書く。翻訳や註釈より、この詩人がポーをどう読んだか知りたい場合に好適。

 ただし、大急ぎで付加える必要があるが、原詩を精密に読み解きたい、そのためには韻律や文法について、現在までの研究の成果を反映したような詳細な註も読みたい、という場合には、たぶん本書は不適である。

 本書で得られるのは、詩人加島祥造訳のポーの詩と、各詩に対する自由な感想であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから、よいほうに働けば、詩人ならではの感性に裏打ちされた読みが味わえるし、よくないほうに働けば、語学的にもポー学の水準からいっても、あまりかんばしくないものしか得られないことになる。

 ひとつ、非常によい箇所がある。ポーに対する受容史にかかわることが「はじめに」の中に書いてある。ここに、W. B. イェーツの言葉がある。彼はポーを「古今東西を通じての偉大な抒情詩人」と言っているのだ。これは控えめに言っても驚くべき話だ。そういう目で訳者はポーに向かい合っている。


ポー詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)
エドガー・アラン・ポー
岩波書店
1997-01-17