蒼い森 Caol Áit

荻原規子RDG レッドデータガール はじめてのお使い』(角川文庫、2011)

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 日本の児童文学には少ないといわれる長篇の第1巻。中学生の日常から悠久の時の流れを感じさせる不思議な物語。

 太古の日本より伝承されてきたあめつちの神秘に対する畏敬の念、明治以降すがたを消した山伏や修験道が隠された深い山のたたずまい。都会やコンピュータなどの現代的要素もそれらの前に無効化される日本の風土、そこに息づく霊性。携帯も扱えず店にもはいったことのない女子中学生が現代文明と接触するときの戦き。これらが美しい日本語で滔々と綴られる、まことに面白い物語だ。

 題名のRDGはRDBをひねったもの。レッド・データ・ブックは国際自然保護連合が1966年に初めて発行した、絶滅のおそれのある野生生物の情報をとりまとめた本。つまり、本書の主人公は「絶滅危惧少女」。

 鈴原泉水子(すずはら いずみこ)がその少女。この少女は一見すると、引っ込み思案なだけの女子中学生に見える。が、彼女をとりまく環境、彼女のまわりに勃発する不思議な事象などを見ていると、ただならぬことが起こりつつあると感じさせられる。

 日本の風土に根ざしたファンタジーとして、抜きん出たおもしろさがある。何かのプロットにしたがうのでなく、自然力のしからしめるままに展開してゆく流れが心地よい。主人公の少女の玉のような存在感の高みと反比例するような、低く恐ろしい闇が根元に広がり、その振幅の大きさが物語に深い陰翳を与えている。

〔冒頭の「あめつちのよりあひのきはみ」は万葉集巻第11、2787です〕





RDGレッドデータガール はじめてのお使い (角川文庫)
荻原 規子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-06-23



 

Oliver Knight, Mysterious Day (Topic, 2001)

Knight-MysteriousDay

 オリヴァー・ナイトのソロ第1作。
 うーん、こんなアルバムを作るとは。近年の傑出した英国のアルバムの音質を支えるエンジニアとしての仕事ぶりから、音に対して非常に鋭い感覚を持っていることは分っていたが。あるいは、亡き母ラル・ウォータスンとの2枚の英国音楽史に残るアルバムでのギター奏法から、只者ではないとは思っていたが。

 このアルバムは、そうした過去のイメジのどれをもぶちやぶるインパクトがある。かといって、こんな音楽と一言で説明できることばが見つからない。強いて言うならオリヴァー・ナイトの音楽世界としか言いようのないものだ。

 彼は歌はうたわないので、ここに収められた 7 曲の歌はいずれもゲストがうたっている。どれもすばらしい。
 他の 5 曲は器楽曲で、自由に好きなことをやっている。ただ、好きなようにやりすぎて、焦点がつかみにくい。悪いわけではないが。昏い光ただよう英国の音楽の系譜につらなることが確かに分る手ごたえはある。
 何と言っても血はあらそえない。この音感覚。こういう、可能性に満ちあふれた音楽を聞くことは楽しい。

 

 収録曲――

  1. Mysterious Day
  2. Fylde
  3. My Sweet Lullaby
  4. Emotion
  5. Go from My Window
  6. South Sea's
  7. Evona
  8. Nelly
  9. Once in a Blue Moon
  10. Summer Lightning
  11. Hush
  12. Sleeping

 

 参加アーティスト――

  • Christine Collister, Maria Gilhooley, Eliza Carthy, John Tams, Norma Waterson, Barry Coope (vo)
  • Oliver Knight (g, sequencing, programming, production, recording)
  • Chris Parkinson (p, hca)
  • Jo Freya (sax)
  • Alice Kinloch (tuba)
  • Andy Cutting (melodeon)

 

 ベスト・トラックは 'My Sweet Lullaby'。

 

トラック9 'Once in a Blue Moon'. Norma Waterson (vo) 




Mysterious Day
Oliver Knight
Topic
2009-08-12




島村盛助、土居光知、田中菊雄『岩波英和辞典』岩波書店、1958)
Iwanami-Eiwa

 辞書はふつう新しいものほどよい。この辞書は例外。

 1958年に新版が刊行され、恐らく20世紀末に絶版になりいまや稀覯本で数万円。1979年頃の革装版は2千円。

 一言で云えばOEDが1冊に凝縮された辞書である。それだけ云えば判る人には判る。とてつもない本である。

 OEDは世界最大最高の辞書で、英語に関しこれほどの辞書はかつてなかったし、今後も現れないだろう。コンパクトな電子辞書にはまだ入らないがCD-ROM版はある。

 日本のアマゾンで、ある翻訳者がレビューしている。各種英和辞典や英中辞典、日本語シソーラスなどを使っても、この辞書がなければもとの語義が判らないと、書かしめるほどの辞書である。「日本のOEDをなぜ絶版にしてしまったのか 理解できない」とあるが全く同感。

 英語が誕生して以来の歴史をふまえて考えたいすべての人々の必読書はOEDであるが、それを1冊で日本語で読めるようにした苦労はいかばかりかと想像する。その尊い仕事を無にしないためにも、岩波書店は復刊してくれるよう切望する。


岩波英和辞典
島村 盛助
岩波書店
1958-03

 

米澤穂信氷菓(角川文庫、2001)

Yonezawa-Hyoka

 米澤 穂信のデビュー作。第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞。現在第5作まで出ている〈古典部〉シリーズの第1作だ。

 語り手の折木奉太郎は神山高校1年生。ある日、海外を旅する姉から廃部寸前の古典部に入部して救えとの命を受け、しかたなく入部するところから一連の謎解きが始まる。だが、折木はみずから物事に積極的に関わるタイプではなく、できることなら省エネ・モードの生き方を続けようとするので、謎解きの才を発揮するのは、やむを得ざる局面に至った場合のみだ。

 古典部には結局四名が入部することになるが、その面々がいづれも個性的。折木が最初に部室に行ったときになぜかそこに閉じ込められていた千反田 えるは名家の令嬢。成績は優秀だが、柔軟さに欠ける。行方不明の叔父がいるが、その存在が本作では鍵になる。福部 里志は折木の親友で、雑学データベース的存在ではあるが、みずからはそのデータをもとに推論したりしない。伊原 摩耶花は福部に思いを寄せており、福部を追って入部する。漫画研究会にも所属する毒舌家。

 この四人がいろんな謎に挑戦するが、最後には折木の推論がみんなを納得させる。少ない資料から見えない補助線を使いつつ推論を組立てる頭脳が本作の面白さの中心。ある命題と別の命題の間の論理構造をとらえるのがうまく、「対偶関係」などの語を日常的に使う。

 以上のようにおもしろい小説の要素はたっぷりそなえてはいるのだが、読後感は必ずしも満足の行くものではない。特に最後の2章およびあとがきでは、作者は読者に謎を投げかけたままでほったらかしであり、自己満足に耽っていると非難されても仕方ない。それが余韻を残して次作への期待をつなぐ役割をしているのならまだしもそうではない。いったいこの結末はどういう意図があり、どういう役割を果たしているのだろう。


氷菓 (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA
2001-10-28



 

Ellika & Solo, Tretakt Takissaba (Xource, 2002)

Ellika_Solo-TretaktTakissaba

 スウェーデンフィドル奏者 Ellika Frisell とセネガルのコーラ奏者 Solo Cissokho のデュオ・アルバム。
 ルーツ音楽における異種混交の典型例とも見えるが、この両者の音楽をよく知っている人でも、この出会いから生まれる音楽は想像を超える清冽さだろう。決してゲテモノではない。

 エリカはストックホルム生まれだが、ダーラナ地方の伝統音楽を追求しており、Rosenberg 7、Den Fule、Filarfolket など数々の活動で知られる。

 ソロはグリオとして力強い歌声も聞かせる。なかなかの聞き物。

 

 収録曲――

  1. Brödkakan / Kodinadioulou
  2. Schottis efter Per Myhr / Nouria
  3. Takissaba polska
  4. Mama Tonkara
  5. The violin is waiting for the kora
  6. Konkoba
  7. Lyckovalsen / Soum Soum
  8. Bingsjöpolskan / Dounia; Mambore / Trädgårdsvalsen
  9. Lilla lågdansen / Saara

 参加アーティスト――

  • Ellika Frisell (fiddle, viola)
  • Solo Cissokho (vo, kora)

 ベスト・トラックは 'The violin is waiting for the kora'. 


トラック1 'Kodinadioulou'
 


 


Tretakt Takissaba
Ellika Frisell & Solo Cissokho
Universal Import
2010-03-08

 

Vintermåne, Vintermåne (2L 2L3, 2002)

Vinetermane


 ノルウェーの三人組、ヴィンターモーネ の第1作。シンセサイザーなどを担当するメンバーのみが男性で、あとは女性。

 このCDアルバムはいろんな意味で満足感がひろがる。まず、ジャケットを手にとると、感触がなんとも言えずいい。「冬の月」を象徴するのだろう円と三角。円のほうはガラスのようだ。三角のほうは中に煙を封じこめたような不思議な物体で、そこだけ材質の違う光沢を放っている。そういえば、Vintermane という文字も、淡い黄色の光沢を放つ。

 プレーヤーに載せてかけると、ノルウェーらしい北欧の透明感と怜悧な感覚とが部屋一杯にひろがる空気の感覚が変わるといってもいい。そのうちに、北欧独特の存在感のある女性ヴォーカル(アン)が始まり、一本の線が通る。この線はしっかりしており、容易には切れないような粘りがある。

 そのうちにソプラノサックス(フレイディス)が始まる。このサックスはまたよく歌う。ヴォーカルに負けないくらい、よく歌う。バックで控えめに聞こえていたプロフェットシンセサイザー(トルユス)はピアノの音色に変わるや、がぜん存在感を増す。かつてのジャズの名盤、アート・ランディとヤン・ガルバレクのコラボレーションをちょっと想起させる。

 ジャズと言えば、このアルバムはジャズ喫茶でかけても、おそらくまったく違和感がない。ドラムズなどのゲストを含めて楽器奏者の感覚は完全にジャズのそれだ。

 聴いていると、だんだんあったかくなってくる。最初の印象が怜悧だったのが嘘のようで、心の熱さが演奏に反映していることがリスナーにはよく分かってくる。この無段階の変化は非常にうれしい。冬から春にかかる頃に聞くと、感覚的にはぴったりだ。

 

 参加アーティスト: 
Anne Gravir Klykken (vo)
Frøydis Grorud (sax)

Torjus Vierli (synth) 他


Vintermane
Vintermane
2l
2008-06-12



 

宮下奈都「新しい星」(「エソラ」vol.2所収、2005〔単行本未収録〕)

Esora2

 「静かな雨」でデビューした宮下奈都のおそらく第3作。書き下ろしの読み切り作品を収める講談社の物語雑誌、「エソラ」第2号(2005年7月)に掲載された。

 不思議な味わいの話だ。何かから逃げてきたように見える女性が夜明け前の無人駅にいる。どういう経緯でそこにいるのか。

 駅の待合室で貼り紙を見つける。「集会所の管理人 急募」と書いてある。「平凡な方歓迎」と書いてあるところに目を留め、〈平凡と歓迎がうまく結びつかな〉いと女性は思う。仕事を探していたわけではないが、〈何かささいな案配〉のせいでその貼り紙に気を惹かれる。

 貼り紙には最後に「自信のない方優遇」とある。それを見て女性は〈だいぶ優遇されることになるだろうなあ〉と思った。

 午前九時になり、女性は応募したい旨を電話で告げる。採用試験は山の頂上近くでおこなわれ、歩いてゆくというと車で迎えに来てくれた。

 行ってみると、過疎の村で生きていこうと決意した年寄りたちの<新しい星>を求めているのだという。その意味は、自分たちの<配置を換えてくれる人がほしい>ということだった。

 老人たちが安心して生き、安心して死んでいくために何が必要かをよく話し合い、出た結論が星だった。<星、ですか>と訊くと、こう答が返ってきた。

そうです。医者だとか介護スタッフだとかケーブル網だとか、そういうものではなかった。いえ、インフラが必要なのはいうまでもないのですが、それ以上にここに足りないもの、どうしても必要なものは何かと考えました。人間関係は星座のようなものです。(略)新しい星が入れば配置が変わって、星座の枠組みが変わることだってありえるんじゃないかと、私たちは考えたのです。この年になって、昔からの仲間ともう一度新しい関係を結びなおせるかもしれないなんて、考えただけでなんだか胸が弾むんですよ

と。

 この風変わりな求人と謎の女性をめぐる物語は、人生についての寓話と読むことも可能だろうが、宮下奈都のスタイルは現実との接点をしっかり保ったまま、生きること死ぬことへの思索を深く静かに伝えてくれる。私たちは今いる場でも、新しい星となることはできるのではないかとの思いに駆られる。

 本作品に出てくる一人称代名詞の「うら」は福井や石川などの北陸方言らしい。宮下奈都は福井県の作家である。



 

Celtic Twilight 2 (Hearts of Space HS11106-2, 1995)

CelticTwilight2

 アイルランド系米国人のジョーニー・マッデン (Joanie Madden) をはじめ、さまざまな地域のケルト系アーティストを集めたアンソロジー。

 このジョーニーの吹く〈ローシーン・ドゥヴ Róisín Dubh〉(黒いバラ、The Black Rose)はすばらしい。もちろん、アイルランドの非公式国歌とも言われるほどの重要な歌なのだが、こうしてスロー・エアとして卓抜な演奏を聞かされると、エアとしてもきわめて美しいことをあらためて実感させられる。

 その他、既発表曲ではあるが、コーマック・ブラナハ (Cormac Breatnach) によるショーン・オ・リアダの名曲〈ムロー・ナ・ヘーラン Mná na hÉireann〉 (アイルランドの女たち、'Women of Ireland')の演奏も秀逸。なお、この演奏はグループ Deiseal によるもので、もとは The Long, Long Note (Starc Records SCD 193) に収められていたが、発売元が消滅したため、廃盤。現在は、このようなコンピレーションに入っている形でしか聞くことができない

 約半分にあたる6曲は未発表曲が収められている。うち4曲(ジョーニーの〈黒いバラ〉をふくむ)はこのコンピレーションのために特に録音されたもので、そのような点が凡百の寄せ集めアンソロジーとは違う。

 Hearts of Space レーベルが中堅どころの佳曲のみを集めて出しているもので、良心的で息の長いシリーズと言える。これが第二集だが、現在、第六集まで出ている。なお、この会社のモットーは 'slow music for fast times' だが、あまりにも時代に合いすぎている。昔からこのモットーだったのだろうか。

 参加アーティスト―― Joanie Madden (whistle, low whistles), Cormac Breatnach (Overton F & A whistles, Susato A whistle, percussive whistle, voices) 他。 

Deiseal - 'Women of Ireland' 



Celtic Twilight, Vol. 2
Various Artists
Hearts of Space
1995-08-29


Celtic Twilight 2
Hearts of Space Records
1995-08-11


宮下奈都「日をつなぐ」(『コイノカオリ』所収、2004)

KoiNoKaori

 宮下奈都のデビュー作「静かな雨」につづく第2作。恋の匂いをテーマにした書下ろしの作品6点のアンソロジー『コイノカオリ』(2004年12月)に収録された。

 恋の匂いがテーマだと思って読み始めると、最初の文が「私は赤ん坊を抱いている。」だ。ああ、恋の相手とは結ばれたんだなと思う。

 その赤ん坊に頬をよせると「おだやかに寄せる波のような寝息。あまやかな匂い。」これは赤ん坊の匂いだ。

 台所の鍋から豆を煮る匂いが立ち昇る。「たゆたゆとやわらかく、しばらく漂っていてふっと消えてしまいそうな匂い。」たゆたゆと、はいい。これは赤ん坊の匂いだと語り手は気づく。「この子は豆のスープの匂いがしている。

 つづくのは豆好きにはたまらない文章。

ひよこ。レンズ。金時。小。大。手亡。ムング。大福。黒目。虎。うずら。豆を煮るのはからだのためでもあり、家計のためにもなり、何より味わいのためになる

 まるで豆が生活のリズムになっているようだ。語り手はひとりで豆のスープを飲む。すると、こう感じるのだ。「豆のスープからは赤ん坊の匂いがしている。」

 「修ちゃんと初めて会ったのは十四歳の秋だった。」とあり、その後おなじ高校に行く。卒業すると修ちゃんは京都の大学に進み、語り手は地元で就職する。京都へ遊びに行き、彼の下宿にいたとき、「アフリカとブラジルって、ずっと昔、ひとつづきの大陸だったんだって」と言われ、帰りの特急に間に合うように焦っているときに地球の反対側の話なんか聞きたくないと思う。

 ところが修ちゃんは「真名と俺は、アフリカとブラジル」とだけ言って出て行ってしまう。

 そんな二人が結婚してからは、夫は仕事が忙しく、妻は授乳で睡眠不足。すれ違いも起きる。妻の内側から起きる名状しがたいマグマの高まりは、これはもしかすると男性の読者に読ませたいのかもしれないと思えるくらい痛烈。

 母となっても女性として、何よりひとりの人間として生きて行きたいという語り手の思いが、静謐な文体で淡々としかし芯が太く綴られてゆき、まるでこのひとがすぐそばにいるように感じられる小説だ。


コイノカオリ (角川文庫)
角田 光代
角川書店
2008-02-23

 

AMD_BBC_2015

 BBCのニューズAMD (age-related macular degeneration)「加齢性黄斑変性症」(成人の失明原因の第1位、英国で60万人以上の患者、視野の中心部が見えにくくなる)の新治療法の話を見た(2015年9月29日)。

 ヒトの胚性幹細胞(embryonic stem cells)の移植による治療の試みで、結果がわかるのがクリスマス以降になるという。

 成功すれば画期的な方法。日本眼科学会の「目の病気 加齢黄斑変性」に病気の詳しい情報があるが、この新治療法の話題は出ていない。

 macular degeneration 「黄斑変性」は一部の英和辞書に出ている。頭に age-related を加えた AMD については、出ているのが『180万語対訳大辞典』(日外アソシエーツ)くらい。
[この辞典は単独では入手困難。2019年時点では、age-related macular degeneration は『200万語専門用語 英和・和英大辞典』(The CJK Dictionary Institute, 2010) には出ている。この辞書は単独でも入手可能だが、電子辞書にも収められていることがある。例を挙げると、カシオの XD-G20000, XD-Z20000, XD-SR20000  など