蒼い森 Caol Áit

荻原規子『RDG2 レッドデータガール はじめてのお化粧』(角川文庫、2011)

Ogiwara-RDG2

 読み始めたとたん、うわ、親切と思った。前作の梗概が附いている。このまとめは出版社が書いているようなのと違って、おそらく作家本人が書いているから、文章がいい。これを次に(承前)として掲げる。

承前)山伏の修験場として世界遺産に認定される紀伊、玉倉神社に生まれ育った鈴原泉水子(いずみこ)は、一度も山から出たことがない中学三年生。しかし突然、父から東京の高校進学を薦められる。それには泉水子も知らない、自分の生い立ちや家系に関わる大きな理由があった。東京に住む母親に相談するため、初めて山を下り修学旅行に参加する泉水子だったが、恐るべき出来事が彼女を待っていた!

 RDG第2巻。泉水子は東京の高校、鳳城学園に入学する。東京といっても西の端で、高尾山の北側。高尾山は修験の山だ。これは本当。

 本書は四章から成る。「真響(まゆら)」「一条」「真夏」「穂高」。それぞれ、特殊な理由から学園に集められていた人物に焦点をあてる。

 泉水子がこれらの人物と出会うなかで、彼らが体現する日本における種々の伝統の一端が明かされてゆき、第1巻での山奥とはまた違った世界がひろがる。式神について、特にその神霊との違いが浮き彫りにされるところは興味深い。これを知ったことで式神が出てくる万城目学の『鴨川ホルモー』を読み直したくなった。

 泉水子を中心として話は進んでゆくが、主要人物について、その背景をふくめて、じっくり温められている。そのため、登場人物は作為的にストーリーの駒として動かされるというより、それらの人物に特有の必然的な動きとして展開され、最後に「(次巻へ)」として唐突に終わるまで、読者を惹きつけて離さない。また、もともと一年に一冊の刊行ペースで、主人公の年齢と呼応して進み、その成長のようすが豊かに描かれるため、奥行きが深い。

 本書を読んで、あらためて荻原規子について思ったことがある。

 この人は本物だ。ますますそんな直感が深まる。

 この人の物語の構築力は凄い。心底おどろく。だが、それは巧んだ構築ではない。自然(じねん)の力だ。

 日本にこれほどの物語作家がいるとは思わなかった。「ユリイカ」で特集号が出ている。

〔冒頭の「ゆらのとのわたりの」は古事記 下巻 仁徳天皇 です〕


RDG2 レッドデータガール はじめてのお化粧 (カドカワ銀のさじシリーズ)
荻原 規子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2009-05-29


RDG2 レッドデータガール はじめてのお化粧 (角川文庫)
荻原 規子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-12-22



 

自分に全く関係ないところで、自分に全く関係ないと思う事が起こって、だから自分には全く責任がないと思うことでも、よくよく考えてみれば、はたして自分に全く責任がないと自信をもっていうことができるであろうか。

 

キリストは、その時代の見も知らぬ人びとの責任も、すべてわが身に負い、そのうえに、後の世につづく数知れぬ人びとの責任をも、その気高いまでの魂で、一身に引きうけた。

 

せめて、自分に責任あると思うことまでも、他人のせいにすることだけはやめにしたい。


--松下幸之助『道をひらく』(PHP研究所、1968)より


Matsushita-MichiWoHiraku


(ひとこと)

 小宮一慶氏(経営コンサルタント)が寝る前に必ず松下幸之助『道をひらく』を読むことを長年続けているとTV番組で語った。繰返し読んでもなお勉強になるとのことを聞いたので、それではと読み始めた。
 確かに何度読んでも参考になる。

 上のことばにキリストが出てくるが、松下幸之助仏教徒辯天宗)である。それでも、これほど深くキリストを理解していることに感銘を受ける。


道をひらく
松下 幸之助
PHP研究所
1968-05-01


道をひらく
松下 幸之助
PHP研究所
2010-06-04

 

Big Daddy 'O', Deranged Covers (Rabadash, 2004)

BigDaddyO-DerangedCovers

 米国のシンガー、ギタリスト、ビッグ・ダディー・オー (Owen Tufts) の2004年のアルバム。

 こんな自由な音楽は久しぶりに聞いた。Flying Machine 時代のジェイムズ・テイラーを想いだす。フォークとブルーズの楽しさの原点に還った歌の数々。

 特に、トラック8のジョージ・リリーとの掛合いやトラック16のジョン・グロの B3 のからみはゾクゾクする。

 シンガー・ソングライターという「種族」への興味がぶりかえす。

 アイルランドの伝統歌にもその種の人たちがつくったと思われる歌はある。たとえば、有名な 'Eanach Cuain' はラフトゥリー作の歌といわれる。

 ところで、現代においてシンガー・ソングライターの本場といえば北米だろう。(現代においてと断るわけは、たとえば「12世紀において」とすれば、トゥルバドゥールを擁するプロヴァンスになるという具合になるからである。) ギターを手にして自作の歌をうたうというスタイルはきわめてインパクトが強く伝染力があるのはイングランドアイルランドを見ても分かる。このスタイルはフォークやブルーズの原点ともいえる。バートやジョンやデイヴィはみな大西洋のかなたを向いたところからスタートした。(その証拠を1枚だけ挙げると、Bert Jansch が Brownie McGhee と演奏した曲が収められている Acoustic Routes [Demon, 1993]。)

 ビッグ・ダディー・オーは自作曲はこの時点で確かまだ一曲しか発表しておらず、シンガー・ソングライターとはいいにくいが、ともかくいい歌をとりあげて自分のギターに載せてうたう。ただそれだけといえばそれだけだが、この味が何かを感じさせる。

OwenTufts

[Owen Tufts]

 声がまずいい。ボズ・スキャグズを苦みばしらせ、ときにジャクスン・ブラウンのような母音のひびきをまじえ、これにあったかみを加えたような太い太い声だ。ギターもいい。リズムのセンスや歌との兼合いが非常に気持ちいい。ほかのミュージシャンが加わるときには完全にルイジアナのサウンドになる。そのサウンドにおける一見乱雑なからみあい、あるいは遊びはニューオーリンズ音楽の伝統を感じさせるが、ユニゾン一辺倒のアイルランド音楽と比べるとひどく自由に聞こえ、アイルランド音楽が逆にストイックに感じられてくるほどである。もちろん、それはアイルランド音楽が本質的にソロの音楽だからだ。しかし、ストイックかと言うとそれよりむしろ、自分個人より芸のほうが大きいという位置感覚というかスケール観が根底にあるが故のことである。この芸の伝統が巨大すぎるのだ。(ルイジアナの伝統が小さいなどと言うつもりは微塵もない。ただ、音楽家の伝統観に差があるだろうと示唆しているに過ぎない。この差はひょっとすると、米愛の歴史の違いや言語における発想法の違いに帰着するかもしれない。)

 北米には、女性でテリ・ヘンドリクスとか、ジョー・セラピアといったずば抜けた歌い手がいる。男性ではこのタフツが飛びぬけているように思う。こういう人たちの特徴は、一色にそまらないことで、音楽的アプローチが非常に自由で柔軟性があることである。自分がどういう音楽をやっているかがはっきり分かってやっているので、クリエイティヴィティがさえぎるものなく発揮されている感じなのだ。自由自在だ。

 ひるがえってアイルランドを考えると、ジミー・マッカーシーの名前を挙げたところで止まってしまう。これを伝統音楽の呪縛と考えてはまずければ、いったいなぜなのだろう。

 逆に言えば、タフツの場合、伝統にどっぷり浸っていながら、そこから限りなく自由に歌そのものを楽しんでいるのだ。まことに気分がいい。ぼくは appleJam から入手した。

 

参加アーティスト――

  • Big Daddy 'O' (vo, g)
  • John Gros (org) 

Big Daddy 'O' - 
 Oreo Cookie Blues (w/ Keenan Knight [g] and Terryb [hca])









Goodbye, Babylon (Dust-to-Digital, 2003)

Goodbye_Babylon

 米国 のゴスペル音楽の"バイブル"とも言えるアルバム。

 ゴスペル音楽の初期の録音を集大成し、本物の綿花とともにシーダー製の木箱に収めた Goodbye, Babylon はジョージア州アトランタの Dust-to-Digital が2003年10月に発表した 6 枚組のアルバムだ。ジョージア州からこういうものが出たということは、ある歴史の必然を感じさせる。

 ジョージア州オールバニー生まれのレイ・チャールズがゴスペル曲をもとに 'I Got a Woman' を生み出したのが1953年。それは彼にとって最初の大ヒット曲であったが、同時に、ソウル音楽や黒人のポピュラー音楽全般がゴスペルの伝統からインスピレーションを汲みだすという流れの始まりであったとも言える。その後、四半世紀をへて、ジョージア州は州法においてレイ・チャールズの 'Georgia on My Mind' を州歌と定めるに至った(1979年)。

 そのゴスペルという黒人音楽の泉がいかに聖書という泉から多くのものを汲みだしているかについて、もし真剣な興味があれば、この 6 枚組はまたとない宝庫となるだろう。ふだん何気なくゴスペルに耳を傾けている人も、このアルバムの 200 頁に及ぶ解説書を読みながら聴けば、一つ一つの曲がどのような聖句から霊感を得ているかが、はっきりと分かる。さらに、6 枚目全部を占める説教集を聴くに及んでは、聖句にもとづく説教師のことばと会衆の応酬とが、ゴスペル音楽のルーツそのものであることが確信できるだろう。それは、説教なんて退屈なものだろうという予想をくつがえすどころか、これほど熱い音楽はないとさえ言えるほどのものである。

BWJohnson


 [Blind Willie Johnson]

 ここに収められた音楽や説教については、ハイライトが多すぎて、語りつくせない。多くのレヴューがハリー・スミスなみの渾身の編集作業に対して絶賛を送っている。附属の解説書も入魂のできで、歌詞や説教の言葉やアーティストの背景はもとより、もとになる聖句がきっちり書かれているので、読みながら聴くにはまことに好適である。全体を通して、無私にして無償のエネルギーがプロダクトのすみずみまで注がれているのが感じとれる。それを支えるものはただ一つ、神への奉仕の意識以外に考えられない。

 ゴスペルとは言うまでもなく「福音」つまり「よい知らせ」であり、その「よい知らせ」を人に伝えたくてたまらないという熱意がゴスペル音楽の底にはある。なぜそういう熱意を持つかといえば、貧しく虐げられていた人々の苦しみに神は目をとめており、その人たちを神は見捨ててはいないという、信じがたいほどにうれしいニュースを聞いたからである。そのうれしさのほどは、説教師に答える会衆の熱き叫びを聞けば十分すぎるほど分かる。
 

SRTharpe

[Sister Rosetta Tharpe]

 特に印象に残るトラックを少し挙げてみよう。1 枚目では、めずらしい手製の楽器(dolceola に近いと言われる)で弾き語りをする Washington Phillips の 'Lift Him Up That's All' (1927)、"vocal percussion" と呼ばれるリズミカルな四重唱のスタイルをつくりだした Golden Gate Jubilee Quartet の 'Rock My Soul' (1938)、説明の要なしの Mahalia Jackson の 'God's Gonna Separate the Wheat from the Tares' (1937, ピアノは Estelle Allen)、足踏みオルガンとタンバリンという素朴な伴奏ながら忘れがたい Luther Magby の 'Blessed Are the Poor in Spirit'、ブルーズ・フィーリングあふれる Lil McClintock の 'Sow Good Seeds' (1930)、力強い四重唱を聞かせる Taskiana Four の 'Creep Along, Moses'、ゴスペル歌集出版社の社員が売込みのために結成した異色の Tennessee Music and Printing Company Quartet の 'Joy Bells'.

GTDorsey

[Georgia Tom Dorsey]

 2 枚目に行くと、ブルーズのほうでも Georgia Tom として知られる Thomas A. Dorsey がおそらく Tampa Red と一緒にやっている 'How about You' (1932)、ブルーズ・ハープを吹き、かつ歌う Jaybird Coleman の 'I'm Gonna Cross the River of Jordan' (1927)、1946 年に結成されて以来今日まで活動をつづけている Trumpeteers の 'Milky White Way' (1947, 当時、Mahalia Jackson と Sister Rosetta Tharpe とを足したよりも売上が多かったという)、Betty Johnson を擁する Johnson Family Singers のさわやかな 'Deliverance Will Come' (1951)、Alan Lomax がミシシッピ州刑務所で録音した、丸太きりの音入りの Jimpson らの 'No More, My Lord' (1947)、Empire Jubilee Quartet の列車のメタファーを使った 'Get Right Church' (1929, 19世紀半ばまで遡るといわれる曲)、トリニダードカリプソ・スタイルで歌う Lion And the Cyril Monrose String Orchestra の 'Jonah, Come out the Wilderness' (1938)。この調子で 1 枚あたり合計75分くらいの歌が 5 枚にわたってぎっしり詰まっている。最後の 1 枚は上に述べたように、ゴスペルの現場そのものである説教が収められている。

 全 6 枚に珠玉の 135 曲と 25 の説教を収めている。安い買物ではないが、問題はお金ではない。お金では買えない価値あるものを追い求めた人々の真実の声が聞ける。

 ぼくは appleJam から入手した。

参加アーティスト――

  • Mahalia Jackson (vo)
  • Blind Willie Johnson (vo, g) 他


Goodbye Babylon
Various Artists
Dust to Digital
2004-10-05


荻原規子RDG レッドデータガール はじめてのお使い』(角川文庫、2011)

Ogiwara-RDG1

 日本の児童文学には少ないといわれる長篇の第1巻。中学生の日常から悠久の時の流れを感じさせる不思議な物語。

 太古の日本より伝承されてきたあめつちの神秘に対する畏敬の念、明治以降すがたを消した山伏や修験道が隠された深い山のたたずまい。都会やコンピュータなどの現代的要素もそれらの前に無効化される日本の風土、そこに息づく霊性。携帯も扱えず店にもはいったことのない女子中学生が現代文明と接触するときの戦き。これらが美しい日本語で滔々と綴られる、まことに面白い物語だ。

 題名のRDGはRDBをひねったもの。レッド・データ・ブックは国際自然保護連合が1966年に初めて発行した、絶滅のおそれのある野生生物の情報をとりまとめた本。つまり、本書の主人公は「絶滅危惧少女」。

 鈴原泉水子(すずはら いずみこ)がその少女。この少女は一見すると、引っ込み思案なだけの女子中学生に見える。が、彼女をとりまく環境、彼女のまわりに勃発する不思議な事象などを見ていると、ただならぬことが起こりつつあると感じさせられる。

 日本の風土に根ざしたファンタジーとして、抜きん出たおもしろさがある。何かのプロットにしたがうのでなく、自然力のしからしめるままに展開してゆく流れが心地よい。主人公の少女の玉のような存在感の高みと反比例するような、低く恐ろしい闇が根元に広がり、その振幅の大きさが物語に深い陰翳を与えている。

〔冒頭の「あめつちのよりあひのきはみ」は万葉集巻第11、2787です〕





RDGレッドデータガール はじめてのお使い (角川文庫)
荻原 規子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-06-23



 

Oliver Knight, Mysterious Day (Topic, 2001)

Knight-MysteriousDay

 オリヴァー・ナイトのソロ第1作。
 うーん、こんなアルバムを作るとは。近年の傑出した英国のアルバムの音質を支えるエンジニアとしての仕事ぶりから、音に対して非常に鋭い感覚を持っていることは分っていたが。あるいは、亡き母ラル・ウォータスンとの2枚の英国音楽史に残るアルバムでのギター奏法から、只者ではないとは思っていたが。

 このアルバムは、そうした過去のイメジのどれをもぶちやぶるインパクトがある。かといって、こんな音楽と一言で説明できることばが見つからない。強いて言うならオリヴァー・ナイトの音楽世界としか言いようのないものだ。

 彼は歌はうたわないので、ここに収められた 7 曲の歌はいずれもゲストがうたっている。どれもすばらしい。
 他の 5 曲は器楽曲で、自由に好きなことをやっている。ただ、好きなようにやりすぎて、焦点がつかみにくい。悪いわけではないが。昏い光ただよう英国の音楽の系譜につらなることが確かに分る手ごたえはある。
 何と言っても血はあらそえない。この音感覚。こういう、可能性に満ちあふれた音楽を聞くことは楽しい。

 

 収録曲――

  1. Mysterious Day
  2. Fylde
  3. My Sweet Lullaby
  4. Emotion
  5. Go from My Window
  6. South Sea's
  7. Evona
  8. Nelly
  9. Once in a Blue Moon
  10. Summer Lightning
  11. Hush
  12. Sleeping

 

 参加アーティスト――

  • Christine Collister, Maria Gilhooley, Eliza Carthy, John Tams, Norma Waterson, Barry Coope (vo)
  • Oliver Knight (g, sequencing, programming, production, recording)
  • Chris Parkinson (p, hca)
  • Jo Freya (sax)
  • Alice Kinloch (tuba)
  • Andy Cutting (melodeon)

 

 ベスト・トラックは 'My Sweet Lullaby'。

 

トラック9 'Once in a Blue Moon'. Norma Waterson (vo) 




Mysterious Day
Oliver Knight
Topic
2009-08-12




島村盛助、土居光知、田中菊雄『岩波英和辞典』岩波書店、1958)
Iwanami-Eiwa

 辞書はふつう新しいものほどよい。この辞書は例外。

 1958年に新版が刊行され、恐らく20世紀末に絶版になりいまや稀覯本で数万円。1979年頃の革装版は2千円。

 一言で云えばOEDが1冊に凝縮された辞書である。それだけ云えば判る人には判る。とてつもない本である。

 OEDは世界最大最高の辞書で、英語に関しこれほどの辞書はかつてなかったし、今後も現れないだろう。コンパクトな電子辞書にはまだ入らないがCD-ROM版はある。

 日本のアマゾンで、ある翻訳者がレビューしている。各種英和辞典や英中辞典、日本語シソーラスなどを使っても、この辞書がなければもとの語義が判らないと、書かしめるほどの辞書である。「日本のOEDをなぜ絶版にしてしまったのか 理解できない」とあるが全く同感。

 英語が誕生して以来の歴史をふまえて考えたいすべての人々の必読書はOEDであるが、それを1冊で日本語で読めるようにした苦労はいかばかりかと想像する。その尊い仕事を無にしないためにも、岩波書店は復刊してくれるよう切望する。


岩波英和辞典
島村 盛助
岩波書店
1958-03

 

米澤穂信氷菓(角川文庫、2001)

Yonezawa-Hyoka

 米澤 穂信のデビュー作。第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞。現在第5作まで出ている〈古典部〉シリーズの第1作だ。

 語り手の折木奉太郎は神山高校1年生。ある日、海外を旅する姉から廃部寸前の古典部に入部して救えとの命を受け、しかたなく入部するところから一連の謎解きが始まる。だが、折木はみずから物事に積極的に関わるタイプではなく、できることなら省エネ・モードの生き方を続けようとするので、謎解きの才を発揮するのは、やむを得ざる局面に至った場合のみだ。

 古典部には結局四名が入部することになるが、その面々がいづれも個性的。折木が最初に部室に行ったときになぜかそこに閉じ込められていた千反田 えるは名家の令嬢。成績は優秀だが、柔軟さに欠ける。行方不明の叔父がいるが、その存在が本作では鍵になる。福部 里志は折木の親友で、雑学データベース的存在ではあるが、みずからはそのデータをもとに推論したりしない。伊原 摩耶花は福部に思いを寄せており、福部を追って入部する。漫画研究会にも所属する毒舌家。

 この四人がいろんな謎に挑戦するが、最後には折木の推論がみんなを納得させる。少ない資料から見えない補助線を使いつつ推論を組立てる頭脳が本作の面白さの中心。ある命題と別の命題の間の論理構造をとらえるのがうまく、「対偶関係」などの語を日常的に使う。

 以上のようにおもしろい小説の要素はたっぷりそなえてはいるのだが、読後感は必ずしも満足の行くものではない。特に最後の2章およびあとがきでは、作者は読者に謎を投げかけたままでほったらかしであり、自己満足に耽っていると非難されても仕方ない。それが余韻を残して次作への期待をつなぐ役割をしているのならまだしもそうではない。いったいこの結末はどういう意図があり、どういう役割を果たしているのだろう。


氷菓 (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA
2001-10-28



 

Ellika & Solo, Tretakt Takissaba (Xource, 2002)

Ellika_Solo-TretaktTakissaba

 スウェーデンフィドル奏者 Ellika Frisell とセネガルのコーラ奏者 Solo Cissokho のデュオ・アルバム。
 ルーツ音楽における異種混交の典型例とも見えるが、この両者の音楽をよく知っている人でも、この出会いから生まれる音楽は想像を超える清冽さだろう。決してゲテモノではない。

 エリカはストックホルム生まれだが、ダーラナ地方の伝統音楽を追求しており、Rosenberg 7、Den Fule、Filarfolket など数々の活動で知られる。

 ソロはグリオとして力強い歌声も聞かせる。なかなかの聞き物。

 

 収録曲――

  1. Brödkakan / Kodinadioulou
  2. Schottis efter Per Myhr / Nouria
  3. Takissaba polska
  4. Mama Tonkara
  5. The violin is waiting for the kora
  6. Konkoba
  7. Lyckovalsen / Soum Soum
  8. Bingsjöpolskan / Dounia; Mambore / Trädgårdsvalsen
  9. Lilla lågdansen / Saara

 参加アーティスト――

  • Ellika Frisell (fiddle, viola)
  • Solo Cissokho (vo, kora)

 ベスト・トラックは 'The violin is waiting for the kora'. 


トラック1 'Kodinadioulou'
 


 


Tretakt Takissaba
Ellika Frisell & Solo Cissokho
Universal Import
2010-03-08

 

Vintermåne, Vintermåne (2L 2L3, 2002)

Vinetermane


 ノルウェーの三人組、ヴィンターモーネ の第1作。シンセサイザーなどを担当するメンバーのみが男性で、あとは女性。

 このCDアルバムはいろんな意味で満足感がひろがる。まず、ジャケットを手にとると、感触がなんとも言えずいい。「冬の月」を象徴するのだろう円と三角。円のほうはガラスのようだ。三角のほうは中に煙を封じこめたような不思議な物体で、そこだけ材質の違う光沢を放っている。そういえば、Vintermane という文字も、淡い黄色の光沢を放つ。

 プレーヤーに載せてかけると、ノルウェーらしい北欧の透明感と怜悧な感覚とが部屋一杯にひろがる空気の感覚が変わるといってもいい。そのうちに、北欧独特の存在感のある女性ヴォーカル(アン)が始まり、一本の線が通る。この線はしっかりしており、容易には切れないような粘りがある。

 そのうちにソプラノサックス(フレイディス)が始まる。このサックスはまたよく歌う。ヴォーカルに負けないくらい、よく歌う。バックで控えめに聞こえていたプロフェットシンセサイザー(トルユス)はピアノの音色に変わるや、がぜん存在感を増す。かつてのジャズの名盤、アート・ランディとヤン・ガルバレクのコラボレーションをちょっと想起させる。

 ジャズと言えば、このアルバムはジャズ喫茶でかけても、おそらくまったく違和感がない。ドラムズなどのゲストを含めて楽器奏者の感覚は完全にジャズのそれだ。

 聴いていると、だんだんあったかくなってくる。最初の印象が怜悧だったのが嘘のようで、心の熱さが演奏に反映していることがリスナーにはよく分かってくる。この無段階の変化は非常にうれしい。冬から春にかかる頃に聞くと、感覚的にはぴったりだ。

 

 参加アーティスト: 
Anne Gravir Klykken (vo)
Frøydis Grorud (sax)

Torjus Vierli (synth) 他


Vintermane
Vintermane
2l
2008-06-12