蒼い森 Caol Áit

自分の生命の尊いことはわかっても、他人の生命もまた尊いことは忘れがちである。

やはり、ある場合には自己を没却して、まず相手を立てる。自己を去って相手を生かす。そうした考えにも立ってみなければならない。そこに相手も生き、自己も生きる力強い繁栄の姿がある。尊い人間の姿がある。

自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。これはいわば双方の生かし合いではなかろうか。

--松下幸之助『道をひらく』PHP研究所、1968)より

Matsushita-MichiWoHiraku
 

(ひとこと)

 小宮一慶氏(経営コンサルタント)が寝る前に必ず松下幸之助『道をひらく』を読むことを続けているという。繰返し読むに値するという意味では古典といえる。

 上に「繁栄」のことばが出てくるが、松下幸之助らしいと思わせる。それでも、その「繁栄」はまず自己を捨てることによって相手が生き、その結果として力強い「繁栄」の姿があるというのである。単に商売に成功した状態を指すのでない。お互いの命の尊さが輝き出でるような「繁栄」ということなのだろう。そういう「繁栄」や「繁昌」なら結構なことではないか。


道をひらく
松下 幸之助
PHP研究所
2010-06-04

 

Lillis Ó Laoire, Annie Ebrel, Màiri Smith, Julie Murphy, Datgan (Fflach CD183H, 1997)

Datgan

 ケルト諸語の四地域、アイルランド出身の リリス・オ・リーレ、ブルターニュ出身の アニー・エブレル、スコットランド出身の モーリ・スミス、ウェールズ出身の ジュリー・マーフィー の無伴奏伝統歌のみを集めた珠玉のアルバムこれほどの録音は今後もまず出ないだろう。

 

 この CD は無伴奏歌を心の友とする人ならおそらく宝物になるであろうアルバムである。海へ海へと押しやられていった文化、なかんづく詩歌の粋が詰まっている。

 

 このアルバムで面白い趣向は、各自がソロで歌う以外に、デュエットでも歌うことだ。異文化圏に属するはずであるのに、なんの屈託もなく、自然に共演している。特に、トラック5 'Airdí Cuain' のオ・リーレとスミスとのデュエットはすばらしい。トラック12 'Ag an Phobal Dé Domhnaigh' はリリスのソロ・アルバム(1992)の同曲とはもちろん別録音。こちら Datgan での録音のほうが現在のリリスの声に近いと感じる。

 無伴奏伝統歌の録音はかくあるべしというお手本のような録音。こういう声のひびきが録音できるということは、エンジニアの Wyn Jones はよほどよく分かっているに違いない。ともあれ、これほどのいい録音で名歌手の歌が聴けるというのは、至福以外の何物でもない。リリスの声は本当にこんな声だ。あとちょっとで本物の声に近づく。ウェールズ語の datgan (表現する、物語る、表す) はこういう声のためにあるのであろう。ちなみに、シャン・ノース歌唱では「歌を話す(語る)」 (abair amhrán) という言いかたをする。


 収録曲――

  1. An tOileán Úr (Lillis Ó Laoire)
  2. Nozvezh Kentañ ma Eured (Annie Ebrel)
  3. Hi Horo Tha Mi Duilich (Màiri Smith)
  4. Morgan Jones o'r Dole (Julie Murphy)
  5. Airdí Cuain (Lillis Ó Laoire & Màiri Smith)
  6. Dyffryn Clettwr Fach (Julie Murphy)
  7. Mo Dhùrachd do'n Tir (Màiri Smith)
  8. Ar Bonom Kozh (Annie Ebrel)
  9. Ged a Sheòl (Màiri Smith & Lillis Ó Laoire)
  10. Ffarwel fo i Langyfelach Lon (Julie Murphy & Annie Ebrel)
  11. Erru eo ar Momant (Annie Ebrel)
  12. Ag an Phobal Dé Domhnaigh (Lillis Ó Laoire)
  13. Cân Dyffryn Clettwr (Julie Murphy)
  14. An Bhanaltra (Lillis Ó Laoire)
  15. Mo Dhùthaich Ri Tighinn Air M'aire (Màiri Smith)
  16. Marv eo ma Mestrez (Annie Ebrel)

 参加アーティスト――

  • Lillis Ó Laoire, Annie Ebrel, Màiri Smith, Julie Murphy (vo)

 入手が困難かもしれない。調べたところ、フランスは ブルターニュの AlbumTrad という、伝統音楽専門店で扱っていることがわかった。全曲試聴できる。ぼくは使ったことがまだないが、品揃えはすばらしい。1枚12.50ユーロ均一。送料は枚数による(1-2枚だと6.49ユーロ)。クレジットカードが使える。 

かたやま和華『不思議絵師蓮十―江戸異聞譚〈2〉』アスキーメディアワークス、2013)

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文化文政のころの江戸。当時はバブル経済の絶頂のような時期であり、町人は桁外れに贅沢な暮らしをしていたと書物に書残されているとか。

 その頃、娯楽文化が円熟し、絵師や戯作者、役者といったエンターテインメイント系の職業はスター誕生の舞台でもあったらしい。絵筆一本に夢をかける若き絵師、石蕗蓮十(つわぶきれんじゅう)の物語の第2弾。蓮十の筆にかかると、ほころびをわざとつけないかぎり、絵に魂が吹き込まれ、絵が動き出すことがある。その不思議な絵にからむ物語が3篇収められている。

 第一話「鼠と猫」は鼠除けの猫の絵を描く話。蓮十の友人の歌川国芳(実在の浮世絵師)にはそんな絵が実際に残っている。国芳はかなりの猫好きだったらしい。蓮十の猫の絵はまかり間違えば絵を抜け出て鼠を追っかけかねない。ところが、「鼠」には盗人の意味もあることから話はややこしくなってくる。

 第二話「青葉若葉」は蓮十が朝にもらった鯉が夕には松魚(かつお)に変わっていた次第を物語る四題噺。数奇な話だ。

 第三話「ろくろ首の娘」は鐘撞き堂の娘がろくろ首との噂がたつ話。蓮十は娘の父親に肉筆画の似顔を娘の見合いのために描いてくれとの依頼を受ける。その絵で噂を打ち消そうというねらいなのだ。

 全体に、当時の江戸の文化や風習などがよくわかり、文章も味がある。人情も細やかに描かれている。シリーズ第1巻にあったような、みっともない誤植の嵐もないので、やっとまともなスタートを切ったといえるかもしれない。


不思議絵師蓮十―江戸異聞譚〈2〉 (メディアワークス文庫)
かたやま 和華
アスキーメディアワークス
2013-01-25


不思議絵師 蓮十〈二〉 江戸異聞譚 (メディアワークス文庫)
かたやま 和華
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2015-07-02


 

From a Whisper to a Scream: The Living History of Irish Music (CentreStage WHE73125, 2000)

FromAWhisperToAScream

 20世紀後半のアイルランドのポピュラー音楽史を貴重な映像でつづるドキュメンタリー。曲は細切れだが、1950年から現在に至るアイルランド音楽の動きに何らかの関心があれば一度は見ておく価値がある。

 当時の動きについてアーティストや関係者が語る回想的コメントが非常におもしろい。

 VHS テープも出ているが、ここに記した番号は米国版の DVD。 Region 0 つまりどのプレーヤーでもかかるフォーマットで、日本の DVD プレーヤーで問題なく再生できる。全部で155分あるが、3つのパートに完全に分かれているので、ゆっくり見られる。


 音楽の歴史において、どんな瞬間にイノヴェーションが起こるのかを何人かのアーティストが明かしている。ドーナル・ラニーしかり、モーィラ・ブレナンしかり。

 音楽のことだけでなく、社会の動きについてのアーティストの真剣なことばも傾聴に値する。

 LIVE AID を回想するボブ・ゲルドフしかり。

 なお、このビデオのタイトルはたまたま Allen Toussaint のアルバムと同じだが、おそらくはシネード・オコナーのコメント 'Sometimes whispers can be just as powerful as screams can.' から来ているのだろう。

 それにしても、ポール・ブレイディが撮影中にその場で〈アーサー・マクブライド〉を歌いだすと一瞬時がとまる。一曲全部収録しないとは実に惜しい。

 アイルランドのどんな音楽が好きでも、おそらくこのビデオをみたら、もっと好きになるだろう。

 けれども、もし、アイルランドの伝統音楽が好きなら、ぜひ、DVD 版のボーナス・インタヴューに収められた 'On Traditional Irish Music' のセクションを見てほしい。示唆に富むコメントがいっぱいで、私ならこれをベスト・カットにあげたい。

 下記にアーティストと関係者の一部をあげる。
  • Paul Brady
  • Christy Moore
  • Iarla Ó Lionáird
  • Afro Celt Sound System
  • Seán Ó Riada
  • Emmet Spiceland
  • Planxty
  • Moving Hearts
  • Donal Lunny
  • Clannad
  • Máire Brennan
  • Sinéad O'Connor
  • Bill Whelan
  • Riverdance
  • The Waterboys
  • Hothouse Flowers

 


 
From a Whisper to a Scream [DVD]
From a Whisper to a Scream
Winstar
2001-03-20







かたやま和華『不思議絵師 蓮十―江戸異聞譚』(アスキーメディアワークス、2012)

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 時は文化文政期(化政期、1804-1829)の江戸。つまり、町人文化が栄えた江戸時代後期、第11代将軍徳川家斉治下の時代。

 その頃の版元には二種類あった。書物問屋(医学書、儒学書のたぐい)と地本問屋(絵双紙、草双紙、浮世絵などのエンターテインメイント系)だ。後者で名の知れた泉水屋水鏡堂(いずみやすいきょうどう)お抱えの浮世絵師が主人公。名を石蕗蓮十(つわぶきれんじゅう)という。年は十九。

 蓮十の筆には子供のころから不思議な力が宿る。「筆を運んだそばから、絵がしゃべり、動き出す」ことがあるのだ。蛙や亀のような生き物でも人間でも。そんな蓮十が筆の力で町で起きる事件を解決したり、絵そのものにからんで物語は展開する。三つ年下ながら姉が弟に対するように蓮十のことを気にかける水鏡堂の箱入り娘小夜(さよ)がそこにからむ。二日酔いの蓮十に対し小言をいいつつも蜆汁を作ってくれたりする。が、小夜の手料理は旨かった試しがない。

 蓮十は絵とは本来動いてはいけないものであることは知っている。そこで、「仕事として筆を握るときは、完璧に絵を仕上げないように気を付けていた。(略)そうしたほころびを作ることで、絵に魂を吹き込まないよう意識する」ことにしている。だが、そうして仕上げたはずの掛け軸から人が抜け出したのではないかという事件が起こる。蓮十は事情を調べ始める。これが第一話「真冬の幽霊」。第二話「絵くらべ」では悪友の歌川国芳と襖絵の競作をする。夏にふさわしい襖絵を描く、ただし、襖絵らしくない襖絵を描くという注文だ。蓮十はある大きな海の生き物を描くのだが。第三話「桜褪め」は江戸の火事と町火消しの背中の刺青をめぐる話。蓮十は般若面をまさに着けようとする美人の絵を刺青の下絵として描く。

 という具合に話は進む。

 ところで、本書は(シリーズ第2巻と比べると)入手困難だ。なぜかと考えるに、校正不足の本が出回ってしまったことにあるのではないか。例えば、第一話の51ページに「幸五右衛門」という表記が2回現れる。さらに少しあとの54、59、60、76ページにも各1回。これは実は「幸右衛門」で、蓮十に絵を依頼した人物だ。この話の主要登場人物の名前を6回も誤植するのはさすがにまずいだろう。これ以外にもテニヲハの誤植も
複数ある。校正者はいるのかと言いたくなる。アスキーメディアワークスの本はある程度読んでいるが、この本ほど誤植が目立つ本はあまり記憶にない。「粗製濫造」と言われないためにもしっかり校正した本を出してもらいたい。作品そのものは江戸の雰囲気を伝える幻想譚として面白いのに、もったいない。

[追記:現在では本書は入手できるようだ。あるいは校正されたのかもしれない。(2019年5月)]


不思議絵師 蓮十―江戸異聞譚 (メディアワークス文庫)
かたやま 和華
アスキーメディアワークス
2012-01-25


不思議絵師 蓮十 江戸異聞譚 (メディアワークス文庫)
かたやま 和華
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2015-07-02

 

Paul Brady, The Paul Brady Songbook (RTE/Abirgreen, 2002)

Brady-Songbook
 

 ポール・ブレーディ(ブレイディ)の30年にわたる活動を凝縮したようなTV番組6本を収めた DVD。世界対応盤(all regions)で、日本の DVD プレーヤーで問題なく再生できる。

 映像は美しいが、音は米国流のエッジのある音ではなく、どちらかというと丸い音。RTE (アイルランド国営放送協会)が制作したもので、アイルランドで2002年10月~11月に放送された。

 番組では計32曲が放映されたが、本 DVD には未放送の5曲も収録されている。ポールらのインタヴューが随所にはさまれているが、この時代を音楽でふりかえるという目的ならば、From a Whisper to a Scream: The Living History of Irish Music という DVD のほうが適当。

 もし、このままの形で放映されたのなら、番組のねらいがもう一つ視聴者には伝わりにくかったのではないか。しかし、収められた曲はすべて見ごたえがあり、それだけで十分価値がある。

 ポールの伝統音楽時代のファンならば、3本目の番組はたまらないだろう。この部分だけでも宝物といえる。

 収録曲――

  1. Oh What a World
  2. Dancer in the Fire
  3. The Lakes of Ponchartrain
  4. Crazy Dreams
  5. The Hawana Way
  6. Steel Claw
  7. You Win Again
  8. High Heel Sneakers
  9. I Want You to Want Me
  10. Blue World
  11. Well Worn Love
  12. The World Is What You Make It
  13. Continental Trailways Bus
  14. Mary and the Soldier
  15. The Creel / Out the Door and over the Wall
  16. Martinmas Time
  17. I Am a Youth That's Inclined to Ramble
  18. Lucy Campbell and the Flogging Reel
  19. Nothing but the Same Old Story
  20. Nobody Knows
  21. Blue World
  22. The Island
  23. The Shamrock Shore
  24. I Believe in Magic
  25. The Long Goodbye
  26. Helpless Heart
  27. I Will Be There
  28. Dreams Will Come
  29. Follow On
  30. Arthur McBride
  31. Travelling Light
  32. The Homes of Donegal
  33. Luck of the Draw
  34. Sea of Love
  35. Marriage Made in Hollywood
  36. Don't Start Knocking
  37. You're the One
  38. Hard Station

 

 参加アーティスト――

  • Paul Brady (vo, ac-g, mandolin, bouzouki, ac-p, whistle)
  • Liam Genockey (ds)
  • Steve Fletcher (kbd, vo)
  • Ian Maidman (b, el-g, vo, perc)
  • Mary Black (vo)
  • Andy Irvine (mandolin, bouzouki, hca, vo)
  • Paddy Glackin (fiddle)
  • Liam O'Flynn (uilleann pipes, whistle)
  • Donal Lunny (bouzouki, bodhran, ac-g)
  • Ciaran Tourish (fiddle)
  • Curtis Stigers (vo, ac-g, ts), et al.


 ベスト・トラックはアンディ入魂の 'Martinmas Time'。ポール自身のベストは現時点では決めにくい。

 2002年9月に東京は渋谷で見たときの印象からすると、ポールの凄さは、CD であれ、DVD であれ、盤には収まりきらない感じがぬぐえない。

 ともかく、生は最高なのだ。ポール自身もひょっとすると、スタジオでの録音とか録画のように、枠をはめられた演唱は苦手なのではないか。

 その点からすると、非常に若い頃のパブでの無伴奏歌唱 'The Shamrock Shore' を収めたアーカイヴ・フィルムは、ポールの良さが100%出ている。

 


Paul Brady Songbook [DVD]
PAUL BRADY
Compass Records
2003-05-20


ケヴィン・ネルソン『死と神秘と夢のボーダーランド:死ぬとき、脳はなにを感じるか』(インターシフト、2013)

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 著者は臨死体験にからむ脳神経科学の研究で国際的リーダーとされる。ケンタッキー大学の神経学教授。

 原題は The Spiritual Doorway in the Brain: A Neurologist's Search for the God Experience (2011). これを見ると邦題が示唆する方向は原著書が目指す方向とはやや違うことが判る。

 つまり、邦題が表す部分は原題のほんの一部分しか占めていない。それが最も顕著に判るのは第3部の副題「神秘の脳の奥深く」だ。原題は 'Deep within the Mystic's Brain' で、問題は神秘家(mystic)の頭の中で何が起こっていたかにある。端的にいえば、マイスタ・エクハルト(13世紀のドミニコ派の神学者)が述べるような、神秘体験が脳神経科学的にはどう解釈されるのか、が著者の問題意識であることは明らかだ。

 そういう観点で本書を読むほうがよく分かる。その一部に臨死体験の脳神経科学的解釈も含まれる。しかし、あくまでそれは本書の本来の関心の副次的な領域だ。そのように理解しないと、聖書以来の膨大な幻視者、見神者の文書を前にした一科学者の純粋な科学的興味という角度が全く脱落することになる。そう思っていれば、例えば日本でもEテレで放送されたテレビ番組「奇跡の生還に導く声 ~"守護天使"の正体は?~」('Science of Angels', 2010)などの趣旨がよりよく分かる。気をつけて見ていると、そういう角度の関心から作られたテレビ番組や著作はキリスト教世界だけでも少なくない。「神体験」は平常時にも起こりうるが、本書が特に焦点を当てるような生死の境のような特別の場合にもあるのであり、それを脳神経科学的に解釈すれば、あるいは脱構築すればどうなるのかは一大関心事なのだ。

 神秘体験や臨死体験の際に脳のどの部位で何が起きているかが脳神経科学的に説明できたとする。しかし、それでも、なぜ人間が霊的体験をするのかの説明はできない。「いかにして」と「なぜ」、この両者は共存しうる。というか、共存してもらいたい。

 なお、神経内科学と精神医学とが道を分かったのは20世紀初頭のことで、爾来、前者は物理的な脳に、後者は心の問題に的を絞った。精神科医フロイトはもともとは神経内科医だった。



 

2015年に本屋大賞を受賞した上橋菜穂子『鹿の王』() の続編。だが、ヴァンとユナのその後の話ではない。ホッサルとミラルの話だ。また、オタワル医術と清心教医術の話ともいえる。

 Uehashi-MinasokonoHashi


清心教医術は現代の医療に喩えるとどんな医療だろうか。ちょっと当てはまるものがないように思える。強いて挙げれば、聖人が癒しを行なっていた時代の医療か。


医術は人の生死を左右する。それゆえ、魂や心の在り様と深く関わらざるを得ない。


ところが、オタワル医術を修めるミラルは清心教医術にも理解をしめす。


清心教医術が神まで持ち出して、この世のすべてにこだわるのは、部分が組み合わさって全体になっても見えないものが、すでに、私たちにはぼんやりと感じられるからじゃないかしら


ミラルの恋人ホッサルはしかし、清心教医術とは対照的な医療観を有する。あくまで病に集中し、部分としての身体の状況に専念する。そんなホッサルでも美しいものには反応する。


(……これが鳥の声か)

 それは天から遣わされた何か——透明な輝きのように貴い何かに似て、胸を貫き、震わせた。

 梨穂宇のミンナルが鳴き止むと、静寂が深くなった。


ホッサルがミラルの感性を理解する日は来るのだろうか。身分の違う二人は結ばれるのだろうか。


そういう根っこの興味が読者を惹きつけつつ、物語は複雑な政治性を帯びてゆき、最後は法廷もののような論戦の場面になる。この部分が果たしてこの物語にふさわしいものなのかについては、読者の評価は分かれるかもしれない。


今日の医学においては心身相関的(psychosomatic)な発想が重要性を増している。その角度からみると、考えさせる視点を多く含んだ小説だ。


鹿の王 水底の橋
上橋 菜穂子
KADOKAWA
2019-03-27


鹿の王 水底の橋 (角川書店単行本)
上橋 菜穂子
KADOKAWA / 角川書店
2019-03-27

 

紅茶を淹れたりコーヒーをドリップする。

日常ともいえるし、非日常ともいえる。

イレヴンジズと考えれば日常だし、飲み物が連れて行ってくれる香りと味わいの世界は日常にはないとも考えられる。

ティファールを愛用してきた。壊れた時は薬罐の世話にもなるけれど。

ずっと欲しかったティファールのある型をこのほど手に入れた。ティファールとして4台目。電化製品はいつかは壊れるとはいえ、愛着がある。その愛着のある製品がいつか壊れたら、今度こそは念願のこれにしようと決めていたティファールがあった。

これだ。


T-Fal_control

ティファール 電気ケトル 0.8L アプレシア エージー・プラス コントロール オニキスブラック。

特徴は指定温度で沸かせることだ。

ゆえに、毎日苦労して92-98℃の瞬間(*)を狙っていた紅茶のための水が一発で手に入る。95℃を指定するだけで。

あとは間髪入れず丸いポットに注げば茶葉の対流が起きて、4分後には薫り淑い紅茶が。これを至福と言わずしてなんと言おう。

肝心の紅茶だが、アイルランドの Lyons ブランド、特に Original Blend を好む(下)。

Lyons_OriginalBlendS

日本では入手できない。そこで、滅多に手に入らないこれを貴重品として扱い、日本で入手できるケニア・キクユ族のブランド(ST(セレクティー) ケニアCTC紅茶 Kangaita 製茶工場 BP1 500g、下)をブレンドの主要素にして、時間を稼ぐことにしている。

KenyaCTC_tea


温度のメモ。

95℃……紅茶
    玄米茶・ほうじ茶(浸出時間30秒)
90℃……コーヒー
85℃……ウーロン茶
80℃……緑茶
70℃……中国茶(白茶)
60℃……玉露


(*) 92-98℃:目で見て判定する方法は、底からぽこぽこと沸いてくる泡の大きさが指の先くらいの大きさ(直径1-2cm)になった時の温度。

なお、この温度は磯淵 猛氏のお話を聞いて知った。氏の著書を一つ挙げておく。


Isobuchi-TeaNotebk
 





(082)紅茶の手帖 (ポプラ新書)
磯淵 猛
ポプラ社
2016-02-01



Christy Moore, Uncovered (Sony Music, 2001)

Moore-0Uncovered

 参った。これは素晴らしい。

 まるで、同じ部屋で見ているかのような臨場感がある。クリスティ・ムーアの魅力がぎっしり詰まっていて、ファンならこたえられないだろうし、アイルランドのフォーク音楽に関心のある人なら一見の価値はじゅうぶんある。DVD あるいはビデオ・ソフトとして、傑作の部類に入る。

 声とアクースティック楽器(主としてギターなど)だけで、これほど多彩で生き生きした音楽が奏でられるのだ。ほとんど何の加工も味付けもない。まさに素材の魅力だけで 抜群の味がある。

 RTE (アイルランド国営放送協会)でのTV番組6本を収めた DVD ソフトなのだが、番組の制作意図は「歌がスターであるように」だった。制作者の Julian Vignoles は見事な仕事をした。

 本 DVD はリージョン2のPALで、日本の普通の NTSC 用 DVD プレーヤーでは再生できない。解像度は 720 x 576 で、アスペクト(横縦)比は16 x 9。PAL に対応したプレーヤーか、コンピュータの DVD ドライブで再生する方法がある。

 映像も音も美しい。ビデオ・ソフトでも出ているが、本 DVD にはボーナスとして3曲追加されている。

 クリスティのインタヴューが曲と曲とのつなぎに挿まれており、曲への想いが伝わってくる。自伝(Christy Moore, One Voice: My Life in Song, Hodder and Stoughton, 2000)を横に置きながら鑑賞すれば、さらに興味深いだろう。

 収録曲――

  1. Cabaret
  2. The Least We Do
  3. Bright Blue Rose
  4. Delirium Tremens
  5. Voyage
  6. Cry Like a Man
  7. A Pair of Brown Eyes Yellow Triangle
  8. Johnny Don't Go to Ballycollig
  9. Sweet Thames Flow Softly
  10. Ride On; So Do I
  11. Ordinary Man
  12. Lisdoonvarna
  13. Cliffs Of Dooneen

Bonus tracks:

  1. Hiroshima Nagasaki
  2. Black Is the Colour
  3. Song of Wandering Aengus
  4. Missing You
  5. Don't Forget Your Shovel (the archive video)

DVD extra:

  1. One Last Cold Kiss
  2. Biko Drum
  3. McElhatton

 参加アーティスト――

  • Christy Moore (vo, ac-g, bodhran)
  • Donal Lunny (bouzouki, kbd, vo)
  • Declan Sinnott (ac-g)
  • Sinead O'Connor (vo)
  • Shane McGowan (vo)
  • Luka Bloom, Jimmy McCarthy, John Spillane, Johnny Duhan, Neil McColl, Wally Page, Johnny Mulhearn, Jimmy Faulkner, Conor Byrne, Andy Moore, Gavin Moore 

 どれもよいが、ベスト・トラックは強いて挙げれば 'Lisdoonvarna'。別に大名曲というわけではないが、歌を即興でやっているらしいことが一番わかる曲で、ライヴに一番ちかい感じがする。