天草にキリスト教が伝わったのは1566年。崎津協会は畳敷き。海の天主堂とも呼ばれる。▶︎ 天草の崎津集落 (「世界遺産への道」、NHK)

Amakusa


 潜伏キリシタンとなった信者たち。崎津諏訪神社にも参拝し心中で「あんめんりゆす」と唱えていたとの記録が残る。「アーメンデウス」の謂。

 漁業の山下富士夫さん。その祈り願う言葉をNHK福岡放送局は〈(子どもが)漁に出た場合は「子どもたちに日常の糧を与えて下さい」〉と書く。これは誤り。

 正しくは「日用の糧を」だ。「日常の」と書くのは知らなければ無理もないが、調べればすぐに分かる。最も基本的な主禱文の一節だ。いろはのい。

 現代日本語ではあまり用いないのかもしれない。「日用」は毎日使用することで『正法眼蔵』にも「茶飯の日用に活計す」と出てくる。「日用品」はふつうに使う。日常品とはあまり言わない。

 被昇天のミサにあずかり南スーダンのシスターが伝えるマリアさまの奇跡の話 (TOKOちゃん さんのノート)を読み、聖母マリアの virginitas / parthenos / 処女性 が、完全に神に開かれた心であることに想いを致す。恵みの充満。本当の喜び。恵みの実り。

 めでたし、聖寵充ち満てるマリア。 'Sé do bheatha, a Mhuire.