「名前」「食べる」「建てる」等の鍵言葉を設定し、そこから連想する米文学作品を数点ずつ柴田訳で紹介。「ラジオ」のテーマが面白い。訳も味がある。内容は決して月並みでなく鋭い洞察が随所に。気楽に読めるが有益


柴田元幸
アメリカ文学
のレッスン』 (講談社現代新書、2005)

amlitlesson

「ラジオ」の章について。世界の風通しをほんの少しよくしてくれる装置」としてのラジオのことが書かれている。


 シカゴのポーランド系短篇作家スチュアート・ダイベック(Stuart Dybek, 1942- )の短篇「ペット・ミルク」に出てくる祖母のラジオからは「ギリシャ語の局や、スペイン語、ウクライナ語の局が聞こえて」くる。[こういう世界の言語の局が聞こえるラジオのことは、アイルランドの詩人シェーマス・ヒーニにも繰返し出てくるモチーフだ]

 これがマイノリティ間に立ちはだかる壁をすっと取払うダイベック・ワールドに通じるとの指摘はおもしろい。アメリカでは白人対黒人の対立だけでなく、マイノリティ同士の対立も深刻なのだ。

 その風通しのよさを端的に窺わせるのが、短篇「荒廃地域」(『シカゴ育ち』所収)からの次の引用だ。

 あるとき、ガード下の向こうのダグラス・パークの側に黒人の子供たちの一団が現れて、バスからファルセットまで揃ったハーモニーを聞かせた。コースターズそっくりの見事なハーモニーで、はじめ僕らは声の大きさでそいつらを圧倒してやろうと思ったのだが、あんまり綺麗なので、ペパーがリズムを刻みつけた以外は、結局みんな黙って聴き惚れていた。
 僕らはガード下のこちら側から喝采を送ったが、向こう側へ行こうとはしなかったし、黒人の子供たちも動かなかった。前の年の暴動以来、ダグラス・パークは新しい境界線になっていたのだ。


 この箇所について、著者は 〈本来は「隔てる」ものである境界線が、一瞬「つなぐ」ものに変わると指摘する。この発想は、突飛なようだが、吉本ばなな(現在はよしもとばなな)の短篇「ムーンライト・シャドウ」における、さつきと等が出会い、別れる橋にも通じる。ばなながアメリカ文学カポーティなど)の影響を受けていることは有名だが、ことによるとダイベックの影響もあるのかもしれない。