OEDをMac(OS X El Capitan 10.11.6)に入れた。たぶん初めて。

oed

 これまでは主にWindowsに入れていた。今回入れたOxford English Dictionary, 2nd Edition, Version 4.0 (Windows & Mac)はWindowsとMacの両方に対応しており、インストールすればHDDのみで使える。

 使い勝手は変わらない。

 本文のコピーができるかというと

‖ Logos Theol. and Philos.

(ˈlɒgɒs) 

[Gr. λόγος word, speech, discourse, reason, f. λογ-, ablaut-variant of λεγ- in λέγ-ειν to say.] 

A term used by Greek (esp. Hellenistic and Neo-Platonist) philosophers in certain metaphysical and theological applications developed from one or both of its ordinary senses ‘reason’ and ‘word’; also adopted in three passages of the Johannine writings of the N.T. (where the English versions render it by ‘Word’) as a designation of Jesus Christ; hence employed by Christian theologians, esp. those who were versed in Greek philosophy, as a title of the Second Person of the Trinity.

のように、ギリシア語を含めてほぼ完璧にコピーできる。ただ、ギリシア語のアクセントの位置が後ろにずれているので修正が必要。例えば、最初の語だと本来

λόγος     

のようになる。  

 CD-ROM化されたOEDのほぼすべてのversionは使ってきたが、OEDの第2版には根本的な欠如がある。ヘブライ語だ。ヘブライ語源がヘブライ文字で示されない。これは惜しい。

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 英文学研究の半分くらいはOEDを引くことだと教えられてきた。それくらいの文例の宝庫であることは確かだし、OEDに載った用例が語義の基本例とされることも多い。

 OEDに多くを負いつつ、米文学の用例を豊富に取り入れたWebster第3版はiPad版がある。OEDは容量の点でiPad版はなかなか出ないだろう。

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  OEDは語義の説明を用例に譲る場合が多くあり、'parallelism'の場合もそうだ。語義の3番

3.3 spec. Correspondence, in sense or construction, of successive clauses or passages, esp. in Hebrew poetry; a sentence or passage exemplifying this. Also in Anglo-Saxon poetry. 

の用例の最初にLowthがある。これは貴重な記述だ。

1778 R. Lowth Transl. Isaiah Prelim. Diss. 10 The correspondence of one Verse, or Line, with another, I call Parallelism. When a Proposition is delivered, and a second is subjoined to it, or drawn under it, equivalent, or contrasted with it, in Sense; or similar to it in the form of Grammatical Construction. 

 つまり、意味と統語の両面で並行関係がある。さらにいえば音韻でも並行関係があり得る。

 Lowthは英国国教会司教で、聖書の並行法を確立した。その後、Hopkinsがこれを受継ぎ、英詩の韻律の高峰をきわめ、20世紀になって、それらを継承する言語学者のJakobsonが詩的並行法を普遍化した。

 つまり、今日の並行法研究の原点がこのLowthなのだけれど、Lowthは簡単に読めない。OEDに載っていることは大変ありがたい。こういう例がOEDにはゴロゴロしている。

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 シェーマス・ヒーニの詩 'The Turnip-Snedder' について考えるとき、たぶんOEDがなければ考える材料がきわめて乏しいだろう。この詩の場合だけでなく、ヒーニの研究にはOEDは不可欠だといっていい。

 この詩が言及する「蕪切り」機械の写真が米国版の詩集 District & Circle の表紙にある。

HeaneyDistrict_US_Turnip_ODonoghue


 タイトルのsnedderの元になった動詞sned「切落とす」の語源がことに興味深い。OEDにはこうある。

[OE. snǽdan, related to sníðan snithe v.]

ここに出てくる二つ目の情報が重要でsnitheを引いてみる。このアプリケーションではそこをクリックするだけでその見出し語に飛ぶ。語義は次のように書いてある。

trans. To cut; †to kill by cutting. 

つまり、「切り殺す」「斬り殺す」の意と関係あるのだ。それを知っているのといないのとで、この詩の最終部分の意味合いが大幅に変わってくる。

 詩人は言葉の歴史を意識している。重層的な意味の上にその詩における意味を重ね、新しい地平を開く。ここでは古期英語に遡る歴史をヒーニは意識している。『ベーオウルフ』を訳したヒーニにとっては当たり前のことである。

 つまり、OEDを引けば千年以上にわたる英語の歴史を目の前において言葉を考えることができるのだ。

 このような言語の古層と現代の世界との出会いこそ、詩人が詩の中に起こそうとしていることである。ヒーニは2006年のオランダのラジオでのインタビューで次のように語っている。

So what I would like to do...what I hope happens in these poems, is that the first life of memory links with the new life of the world we're in in some way, you know.