米詩人エズラ・パウンド(Ezra Pound)は1885年10月30日に生まれた。

 彼の詩人としての功績はいまだ議論の渦中にある。他の詩人に及ぼした影響なら論じやすいだろう。エリオットの長詩『荒地』を今ある形にしたのはパウンドの力だということに殆ど疑念の余地がないことなど。

 だけど、彼自身の詩作や詩に関する議論はまだ位置づけがむずかしい。没した1972年から40年以上経っているにもかかわらず。

 ひとつには長詩『詩章』をどう扱うかという点がある。1925年から1969年あるいは1970年まで書き続けられたこの詩について、いくつかの英和辞書が「未完」としているのだ。この記述にはパウンド学者は驚かされるだろう。いったいどこからこの観点が出てくるのか。「未完」とするのは次の辞書。

  • 研究社『新英和大辞典』第六版
  • 小学館『ランダムハウス英和大辞典』第2版
 「未完」とするのは長詩全体に対する評価の観点を含む。

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 私にはパウンドの詩人としての功績は、何より類いまれな美しい詩行を書いたこと、詩人のテクネーの秘密の一端を明かしたことにあると思える。

 両者は深いところで関係している。美しい詩的言語をうみだすことと、詩的新機軸を開くことと。

 両者の淵源のひとつがアルナウト・ダニエルの詩である。もうひとつが目に見えないか、あるいは幻視のみされる、ある種の神的存在または神妙な存在である。

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 こうしたことについて書くことができればと思う。

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