Osborn Bergin, ed., Stories from Keating's History of Ireland, third ed. (Royal Irish Academy, 1930; rpt. 2001)

Keating


 ジェフリ・キーティング(1569頃–1644頃)が著した『アイルランド史』(Foras Feasa ar Éirinn, 1634)はアイルランドの歴史書の古典。

 キーティングはローマ・カトリクの司祭、歴史家、詩人。彼の書いたアイルランド語はその後、現代アイルランド語の基礎となる。本書は彼の書いた詩に較べて散文が中心のため易しいとはいえ、17世紀のアイルランド語だから註解や手引きが必要だ。それを提供するのが本書。原典は厖大なものだが、そこからおもしろい箇所だけ抜粋してある。

 編纂したオズボーン・バーギン(1873–1950)はアイルランド語の文学および言語の専門家。本書の抜粋箇所は特にドルイド(古代ケルトのドルイド教の祭司。魔法も使うといわれる)に関する興味深い挿話が読みたい人には貴重なものだろう。ドルイドや聖人にかかわる超自然的な話がたくさん出てくるのも、われわれが普通に知る歴史書とは毛色が違う。扱われる時代はアイルランドの古代から12世紀のノルマン人侵攻まで。

 巻頭にキーティングのアイルランド語に関する文法の要点がまとめてあり、これがたいへん参考になる。特に前置詞と動詞にくわしい。動詞の活用に、ギリシア語のアオリストに似た時制(S過去)が出てくるのも興味深い。

 巻末には註釈、語彙表、固有名詞索引が附く。わずか120頁ほどの書だが、濃密な中身のため、読みきるのに、現代アイルランド語の知識があった場合でも相当時間がかかるかもしれない。本書を軸にして古アイルランド語などを頻繁に参照する必要があるからだ。

 一つだけ例を挙げよう。アイルランド史上最高の上王といわれるコルマク王(フィン・マクールの同時代人、在位期間は2世紀から4世紀までのどこかという)の死について、鮭の骨を喉に詰まらせたことが原因といわれる。

 その話じたいはよく知られているが、本書ではそれがドルイドの仕業となっている。ドルイドが空気の精をけしかけたというのだ。いったい、空気の精が、魚を食べていた王をどうやって殺したのか、その詳細は書かれていない。

 だが、ドルイドは無論のこと、空気の精たちも、王が自分たちとは違う異教徒であると、はっきり認識していたことが書かれている。王は「真の神」(fír-Dia)を信じていたというのだ。

 本書には王が死の七年前にキリスト教に改宗したことが書かれている(「神は彼が死ぬ七年前に信仰の光を与えたもうた」 tug Dia solas an chreidimh dhó seacht mbliadhna ré mbás)。つまり、聖パトリク(アイルランドの守護聖人、ある年代記によれば432年にアイルランドに渡来したとされる)の渡来前だ。驚くべき記述である。

 なお、いま引いたアイルランド語は現代アイルランド語を解する人なら難なく理解するだろうと思うが、一点だけ説明する。最後から二語目の 'ré' は現代語の 'roimh' に当たる前置詞だ(before の意)。