Noeleen Ní Cholla, An Mhaighdean Mhara (CICD198, 2015)

NiChola


 アイルランドの女性歌手ノーリーン・ニホラのアルバム《人魚》は2015年の出色の収穫だ。

  アルタンでおなじみの〈人魚〉が見事なアレンジで聴ける。そのほかの曲でも全面的にマーナス・ラニの伴奏やハーモニが冴える。マーティン・クロシンのホィッスルもいい。

 なかに一曲、忘れがたい歌がある。〈牛飼いの美少女〉という歌だ。この曲は有名なのだが、現代の日本ではそれほど知られていないかもしれない。だが、実はアイルランド伝承歌の中では最も古くから日本に入っている曲のひとつである。驚くなかれ、1958年に音楽の友社から出た『世界民謡全集』第4巻に〈牛飼いの乙女〉の題で入っている。

 歌は乳絞りの少女に恋する男の話だ。彼女と暮らすことが、たとえ山腹での貧しい生活を意味するとしても何としても一緒にいたいと男は思う。

 これがふつうのストーリなのだが、別の説もある。これはアイルランドの妖精研究をしている人には興味深いものかもしれないので、書いておく。

 司祭が病者に終油の秘跡(*)をさずけるべく森の道を歩いてゆくと、美しい音楽が聞こえてくる。見ると、少女が乳絞りをしながら唄っているのであった。森の中のこの不思議で美しい光景にしばらく見惚れたあと、司祭は病者の家に向った。着くと、男はすでに死んでいた。これは妖精たちが司祭に森の中で魔法をかけ、司祭が終油の秘跡をさずける前に男をさらって行ったのである。

(*)いまは病者の塗油といい、必ずしも臨終前に行うものではない。よき終わりを遂げ、天国の終りなき喜びへと導こうとする秘跡と考えてよいだろう。妖精がそれをされる前にさらおうとするのは、キリストにとらえられる前に自分たちの異教世界へ連れ去ろうとするからである。

 こういう話を聞くと、歌い手自身が書いているように、この悲しい曲調にはマジカルなものが感じられる気もする。アイルランドの楽曲に多いドリアン・モードで旋律ができている。

 なかなか聴きごたえのある素晴らしいアルバムなのだが、意外に入手しにくい。どこにもない場合はレーベルの CIC ならあるはず。

 アイルランドの妖精にまつわる音源を収集した貴重な本とCDのことは「アイルランドの妖精や異界にまつわる歌集とCD」で紹介した(↓)。