藤井太洋『UNDERGROUND MARKET アービトレーター』 (朝日新聞出版、2014)[Kindle版]

Arbitrator

 藤井太洋の「UNDERGROUND MARKET」シリーズの第三作。おもしろい。

 近未来の地下経済を疾走する若者たちを描く小説。2018年、東京オリンピックを間近にひかえた東京が舞台。TPPによる移民促進や、たび重なる消費増税によって格差は拡大。日本経済は従来の「表」の経済と、電子の仮想通貨「N円」がすべてを決済する地下経済とに二重化していた。

 この著者が発表するものは、すべて読みたくなる。現代の技術文明の一面をするどく抉りだす文体に、スピード感と同時に緊張感がただよっていて、これは読まねば、と思わせられる。

 本書は特にその感が強い。Kindle連載として一話づつ配信されていたのだが、最終話が届く寸前に現実が小説に干渉するできごとがあった。ビットコイン(「仮想通貨」の一種)の東京取引所マウントゴックスが取引を停止した。その影響は大きい。そのため、最終話は書き直され、遅れて配信されたのである。フィクションでありながら、現実のある面と確実に接続されているとの感を強くいだいた。

 アジアの移民を中心として流通する「N円」の決済システム<アイペイペイ>の董事長(=代表取締役)の女性、王(ワン)のことばが印象深い。「仮想という"virtual"の日本語訳がよくないんじゃないかしら」という。日本では virtual currency を「仮想通貨」と訳すからだ。「私たちは、N円を仮の通貨でなく、実質的な通貨にしようと努力しているの」と語るのである。

 取引所の破綻に際し日本の当局がとった対応をこう批判する。「理解しようともせずに、課税対象ではあるが、通貨じゃないという理屈で仮想通貨を地下経済に封じ込めたのは」日本の「空気」であると。

 <アイペイペイ>を乗っ取ろうとする別のシステムとの攻防では、Unix のコマンドの詳細が出てくる。日頃、vi を使っていたり ls を用いたり、コンパイルしている人なら、愉しく読めるだろうけれど、なじみのない読者にはやや理解が難しいかもしれない。

 「仮想通貨」そのものも、一般読者にはまだなじみが薄いかもしれない。前述の取引所の破綻があった後も、ビットコインなどは従前通り使いつづけられている。ぼくの歩く通りにあるワッフルの店はビットコイン支払の割引をやっていた。


UNDERGROUND MARKET アービトレーター
藤井太洋
朝日新聞出版
2014-03-27



「UNDERGROUND MARKET」シリーズをまとめたアンダーグラウンド・マーケット』 (朝日新聞出版、2015)も出ている(↓)。





[同書 Kindle版 ↓]