〔以下は2003-2004年のアイルランド旅行記の一部〕

元 ちとせをアイルランド人に聞かせる → 意外な反応が

 今回のアイルランド旅行で、二人の人に元 ちとせを聞かせた〔2004年1月〕。今や幻の名盤となった(?)奄美島唄集のアルバム《故郷・美ら・思い》である(セントラル楽器)。(下の写真は再版時のジャケット。現在は再々版)

Hajime

 ある人から持っていくのを奨められたからである。その人は民族音楽学者だが、世界のなかで、奄美ほどアイルランド(やアパラチア)に近い音はないと断言し、ぼくが訪ねる予定のミホール・オ・クィグはきっと喜ぶだろうと進言したのだ。が、予想以上の反応が返ってきた。聞かせたのはもちろん<嘉徳なべ加那>である。


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ミホールの反応

 ミホールはコナマラの心臓部に暮らしているアイルランド語詩人である。元を聞かせると、奥さん(マレード)ともども、一言も発せず、しばらくじっと聞いている。こちらも口を開けられないほどの雰囲気になる。

 そのうちに、ミホールの娘も、流れている音を耳にして聞きに来る。みんなじっと聞いている。反応を聞くのがこわいぐらいになったが、そのうち、奥さんが次々とアイルランド音楽をかけ始める。まるで、対抗するように。それも、とびきりいいものばかりかける。明らかに、彼らの中の何かを刺激したようである。

 どうやらミホール夫妻は元を気に入ったようである。リリス・オ・リーレにも聞かせたが、彼は、よいと、淡々と話した。ミホールは、その後、会う人ごとに、元のことを話す。彼は、じつは元をかけてからしばらくして一緒にハミングしだしていたのを想いだす。

詩人ミホール

 ミホールのことについて、もうちょっと書く。前にも書いたけれども、女性で現代最高のアイルランド語詩人にヌーァラ・ニ・ゴーナルという人がいるが、ミホールはヌーァラとアイルランド語詩の賞を分け合ったほどの人である。ただ、今は詩の活動はしていないらしい。電話の声はまことに寡黙で、言葉を選びながら静かに知的に話す印象だったのだが、いざ会ってみると、弾丸のように言葉が飛んできた。<言葉の民>ということばが頭にうかぶ。コナマラの住人はみなそんな感じだ。一見寡黙に見える人でも、それは言葉が内部に渦巻いていることと矛盾するものではない。カスラから電波を送るRnaGはそんな地元の声を世界に届けている。〔2004年1月21日〕

OCuaig


〔ミホール Micheál Ó Cuaig の詩集 Clocha Reatha〕 

 

〔ミホールの奥様マレードはアイルランド語ラジオ放送曲 RnaG のプリゼンタで女優。のちに(2005年夏)、彼女は自分の番組でぼくにインタビューしたが、その時に元ちとせの曲をかけた。その放送をチーフテンズのパディ・モローニが聞いたかもしれない。 〕