思いがけなくも、自分の書く「バタ」などの表記を気に入ってくださる方もいて、とまどいつつ、あることを思い出したのでメモをしておきます。

 カタカナ表記のことです。

 これは簡単そうで実は奥が深く言語学的に厳密に向かおうとするとある地点から悪夢のようになります。一貫した原則で突っ走ることが困難なのです。

 私たちのアイルランド語研究会では古いアイルランド語を読んで、文法的な問題点を解明し、リーダブルな日本語訳を確定する作業を延々と続けています。

 その中で、文法的な難関にぶち当たった時と同じくらいに時間を使うのがカタカナ表記の問題です。

 原語の音韻的な原理にたち、カタカナ表記の原則をきめれば問題が解決しそうに思います。ところが、原語の音韻環境と、日本語の音韻環境とが一対一に対応するわけでないので、どこかで妥協せざるを得なくなります。

 その時に優先順位をどうするかが難しいのです。だいたい次のような問題点があります。

・慣用をどれくらい重視するか
・あくまで正確さを追究するか
・日本語でどう発音されるかをどの程度勘案するか
・アクセントの問題をどの程度表記にもりこむか
・促音表記を用いるか
・長音表記を用いるか
・見て分かりやすいことを重視するか
・カタカナ表記から原綴りが想起できるか

 これらはそれぞれ別個の問題でもあり相互に関連する問題でもあります。

 個別の問題をみると果てしないので、端的な例をひとつだけ挙げます。アイルランドという国の名は(たくさんありますがその内の一つは)アイルランド語で Éire と書きます。発音は「エーレ」または「エーラ」あたりの表記が近い。ところが日本の代表的な国語辞典と思われているKという辞典ではこれを「エール」という見出し語として載せています。明白な誤りです。おそらく30〜40年前から後生大事に引継がれている誤りです。辞書は、他の辞書を典拠として引くことも多いので、残念ながらこの誤りが今後拡散しこそすれ正される見込みはありません。悲しいことです。

 自分が辞書を執筆するときにはできるだけ正確な表記を心がけますが、すでに誤りが定着してしまったものを「慣用」として認めるだけの度量はまだありません。心はロックです。(なんのこっちゃ)

Síocháin leat.

siochain